第22話 カレン・モルザン
「うん! カレン、今のダンスとっても良かったよー。これで明日はバッチリ間違いなし!」
「本当ですか? ありがとうございます。ティルの指導のおかげです」
「えへへー、まぁね! でもカレンもすっごく頑張ったよ! これでクラウス様に操られないで済むね」
気がつけば披露宴前日となっていた。
この一ヶ月は本当に瞬く間に過ぎていった。
(まぁ主にダンスの練習のせいだけれどね……。練習していると一日があっという間だもの)
ティルの都合のつかない日も、マネキンと二人きりでずっと練習していた。
その練習の甲斐あって、今日ようやくティルからお褒めの言葉をいただけたのだ。
「明日は頑張りますので、見守っていてくださいね」
「もちろん! 明日は僕も参加するから、しっかり見れるよ!」
「今回はこのお姿で参加されるのですか?」
前回のようにブローチの中から助けてくれるのもありがたいが、折角ならこの姿で参加してもらいたかった。
「うん。クラウスの親戚ってことにしておいてね」
「分かりました」
クラウスとティルは顔の雰囲気が似ているし、誰も疑うことはないだろう。
ただ、誰かに聞かれるかもしれない。念のため、設定は口裏を合わせておいた方が良いかもしれない。
「親戚という以外に、何か情報はありますか? 誰かに聞かれた時に答えられるようにしたくて……」
「うーん……特に決めてないなぁ。遠い親戚だから、まだよく知らないって答えれば大丈夫だよ。それよりクラウス様との馴れ初めとかの方が聞かれると思うけど……何か考えてる?」
「あっ……。クラウスに聞いてみます」
ティルに言われるまで気づかなかった。もう少し、私たちについての設定をすり合わせておいた方が良いだろう。
(夕食の時にでも確認してみようかな)
ここ数日は二人の忙しさも落ち着いているようだったし、会話する時間も取れるだろう。
「私達の馴れ初めって、どのような感じにしますか?」
夕食を食べながらクラウスに尋ねると、クラウスはよく分からないといった顔をした。
「どういうことだ? ティルがカレンを連れてきたんだろう?」
「そういうことではなく……他の人に聞かれた場合、どう説明すべきか設定を考えませんか? 明日色々聞かれるでしょうし」
言い直すと、ようやく納得したような表情になった。
「あぁ。何人かには幼なじみだと説明しているな」
「お、幼なじみ?! それだと幼少期の話とか聞かれるんじゃ……」
「いや、しばらく会っていないことにした。成人してから再開したと」
「なるほど……妙にリアルな感じがあって良いかもしれません」
それなら、ここ最近の話だけで乗り切れそうだ。
(クラウスが良い設定を考えてくれて良かったわ……)
「他に何か聞かれた時は、その場で適当に答えてくれて構わない。後でどうにでもなることだ」
「そういうものですか?」
クラウスはこういう場面に慣れているのだろう。私とは違って長年貴族をしているようだし。
「あぁ。相手の記憶を消せば良いからな」
「へ? あ、あぁ……なるほど」
(ダメだ。慣れの問題じゃない。力の問題だった……)
ただ質問してきただけの人の記憶をむやみ奪うなんて申し訳ない。なんとか上手いこと答えようと心に決めた。
「なんだ? 緊張してきたのか?」
「カレンってばもう緊張してるの?」
私が口ごもったのを見て、二人が見当違いな心配をしてくれている。
「いえ、緊張はあまり……まだ実感がないからかもしれません」
「そっかー。でも、きっと楽しいパーティーになるよ!」
「えーっと、そうですね。楽しみましょう」
ティルの言う「楽しい」パーティーは、普通の人が思い描く「楽しい」とは違いそうだ。
それでもワクワクしているティルを見ていると、本当に楽しみに思えてくる。
(不安要素もあるけれど、折角だし楽しもうかな)
「そうだ、この書類を読んでおけ」
クラウスが思い出したようにどこからか書類を取り出した。
「分かりました……えっと、『親子関係解消証明書』? これって?」
「お前が親と絶縁したという証明書だ。これで結婚を無効にされることはない」
なんとクラウスは、私と家族を絶縁させてくれていたのだ。
「えぇ?! いつの間に……」
「パーティーの後だ。念の為にな」
父が喚いていた言葉を気にしてくれたのだろう。先手を打ってくれていたのだ。
「ありがとうございます」
「ティルに感謝するんだな。書類手続きを行ったのはティルだ」
クラウスがティルの頭を撫でる。
ティルは嬉しそうにクラウスの手に頭をこすりつけた。
「ちゃーんとカレンと家族の縁を切って、証明書発行して……披露宴に間に合って良かったよー」
「ありがとうございます……私は何もしていないのに」
「いいのいいの! 役所の手続きはコツがいるからさ。僕得意なんだー」
私も自慢げなティルの頭にポンポンと触れた。
「ありがとうございます。私、ようやくカレン・モルザンになれた気がします」
もうこれで結婚を無効にされる心配はない。堂々とモルザンの姓を名乗れる。
「お前は契約した時からずっと俺の妻だろ?」
クラウスは不思議そうに首を傾げた。
「そ、そうですけど……」
「なんだ、指輪だけでは足りなかったか?」
そう言うとクラウスは私の手を取り、薬指の指輪を見けつけるように掲げた。
「足りてます足りてます! 大丈夫です!」
急に手を握られて、顔がカッと熱くなる。
その様子をティルがニヤニヤしながら見つめていた。
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