第23話 披露宴の始まり

 披露宴当日、私とクラウスは白で統一された衣装に身を包んでいた。

 ダンス練習の合間に選定したもので、割とベーシックなデザインだ。


(ちょっと無難すぎるかもしれないけれど、このデザインなら誰からも文句をつけられないはず)


 本当はクラウスに事前に相談して選びたかったが、それは叶わなかった。


(食事の時以外に会いに行くのが……何となく気まずかったんだもの)


 クラウスの顔を見ると手紙のことや、手を握られたことが頭をよぎってしまう。それで胸がざわついて、相談できなかったのだ。

 気がついたら前日になっていたし、前日も前日で、伺う機会を失っていた。


「クラウス、何の相談もなくこの衣装にしてしまいましたけれど、問題ありませんか?」

「特に問題はない。良いセンスをしている」

「良かった……ありがとうございます」


 目の前の扉を開ければ、披露宴の会場だ。


(今日は波乱の一日になりそうね)


 心を落ち着けようと胸に手を当てて深呼吸をする。


「大丈夫か?」


 クラウスが私の方を向いて目を覗き込んだ。表情からは分からなかったけれど、心配してくれているのだと感じた。


「はい、大丈夫です!」


 元気に返事をしたのだが、クラウスはまだ何か言いたげだ。


「私、何か変ですか?」

「いや……ティルに、人間の女は結婚が一大行事だと聞いた。式もなく、披露宴ですら内容に口を挟めなかったのだから、言いたいことくらいあるだろう。恨み言くらいなら聞くぞ」


 クラウスから出た言葉は思いもよらないものだった。


「え? いえ、特には……私は結婚が出来たという事実だけでありがたいですし、家族のことも色々手を回してくださったので感謝しています」

「そうなのか? てっきり不満でもあるのかと」

「無いですよ! 心配してくださったのですか?」

「今ため息をついていたからな」


 どうやら深呼吸がため息に見えたようだ。

 勘違いさせるようなことをして申し訳ないという気持ちと、クラウスが心配してくれたのが嬉しいという気持ちが混ざって、思わず笑ってしまった。


「ふふっ……違いますよ。ちょっとドキドキしたので深呼吸しただけてす。波乱の一日になりそうだなーって」

「そうか、ならいい」


 正面を向きなおすクラウスは、どこかホッとしたような表情に見えた。


(クラウスって無表情だけれど、よく見るとなんとなく気持ちが分かる気がする……。この顔に見慣れたからかしら?)


 こんな綺麗な顔に見慣れるなんて贅沢な話だ。

 じっと見つめていると、クラウスが目だけでこちらを見た。


「今日、味わってみるか?」

「あ……エネルギーの話ですか? 出来るなら味わってみたいですけど、あの靄を直接吸うのはちょっと考えものというか、微妙な感じですね」

「そうなのか? なるほど」


 クラウスが何かを思案していた時、会場内から入場のアナウンスが聞こえてきた。

 

「そろそろ行こう」

「はい」


 クラウスが腕を差し出してきた。私はその腕に自分の手を絡ませる。

 もう入場の時間だ。


「お前の人生を狂わせていた邪魔者を排除してやる。楽しみにしておけ」


 クラウスの声は本当に楽しそうだった。


「クラウスは悪魔というより救世主みたいですね」

「そう見えるか?」

「はい。私を救ってくださったので」


 今度は私がクラウスの目を覗きこんだ。クラウスの瞳はいつものように綺麗な金色だった。


「……そうか。悪くないな」


 そう呟いたクラウスは、さらに楽しそうだった。


「では、お前を虐げていた者たちに絶望を」


 クラウスが呟いたと同時に、会場の扉が開かれた。




「クラウス・モルザン様とカレン夫人のご入場です」


 クラウスと二人で会場に入ると、たくさんの人が祝福してくれた。


「おめでとうございます!」

「まあ、美しい……」

「クラウス様もカレン様も素敵ね」

「素晴らしい披露宴だ!」


 参列者に軽く挨拶しながら、最奥の席に座る。

 会場を見渡してみると、前回のパーティーに出席していた人がほとんどだった。

 ティルも近くの席に座っており、私と目が合うとウインクしてくれた。

 さすがに国王は参加していたなかったが、王家の紋章を胸に付けた紳士が来ている。おそらく代理の使者だろう。


(これは……さすが侯爵家といった感じね。……あれっ? やっぱり来ていない)


 あの人達の姿はどこにもなかった。

 招待状は送らないと言っていたからいないのが当たり前なのだが、このままではクラウス達の食事がなくなってしまう。


「あの、クラウス……」


 クラウスにこっそり確認しようと声を掛けた瞬間、会場の外から何やら大きな声が聞こえてきた。

 声が聞こえてきた来客用の扉に目を向けると、そこが乱暴に開かれたところだった。


「どこまで俺を侮辱すれば気が済むんだ! いい加減にしろ!」


 そこには大声を出している父がいた。

 そしてその後ろには、怒りの表情を浮かべている母と姉もいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る