第16話 パーティーでの報告

 パーティー会場には、新聞で見たことあるような上位貴族が何人もいた。


 皆クラウスを見るとハッとしたように礼をして、それから私のことを興味深そうに眺めている。


(覚悟はしていたけど、かなり注目されてるわ……視線が痛い)


 一通り挨拶を済ませた頃、にこやかに近づいてくる人物がいた。


「おぉ久しいな、クラウス。最近会議にも出席せず、呼び出しにも代理の者を寄越すものだから、顔を忘れそうだったぞ」


(国王陛下!? こんなにフランクに話しかけてくるものなの?)


「今日こうして出向いたのですから、良いではありませんか」

「今日はお前のためのパーティーだから来て当然だろうに……」


 クラウスも相手が国王だと言うのに、いつもと変わらない様子で対応している。

 当たり前のように繰り広げられる会話に、全くついていけなかった。


(クラウスが国王に気に入られているという噂、本当だったのね)


「お前の隣におるのが例のお嬢さん、いや、ご婦人かな?」

「そうですよ。他に誰がいるんですか」


 ぼんやりと二人の会話を聞いていると、急に国王と目が合った。


(私? 私の話をしているの? あ、挨拶しなきゃ!)


「カレンと申します。本日はお招きいただき、あ、ありがとうございます」

「そう畏まらんでもよろしい。今日は楽しんでいきなさい」

「はい……」


 国王と会話している。その事実にいたたまれなくなり周りを盗み見ると、皆がこちらに注目していた。

 発言に気をつけないと、どんな噂が流されるか分からない。


 緊張で身体中に汗が流れる。

 私のこわばった笑顔を見て、国王がちらりと周囲に目を走らせた。

 

「ほほぅ……侯爵と結ばれたのだから、さぞ特別な女性なのだろうと、皆が耳を澄ませておるな」

「えっ……」

「まぁ気にするな。根掘り葉掘り聞きに来る愚かな勇者はおらんだろうからな」


 国王も皆の視線に気づいたのだろう。

 私の肩をポンポンと叩くと「頑張りなさい」と言って去っていった。

 国王がどこまで知っているかは不明だが、その言葉には色々な意味が込められているような気がした。


 国王が去ってからは、周囲の視線も少し減り、状況を確認しやすくなった。

 どうやら今日は王家主催のパーティーだが、クラウスが主役なのだと皆が理解しているようだった。


「そろそろ公表する時間だ。移動しよう」

「えっと、はい」


 クラウスにエスコートされ、会場の中央へと移動する。

 中央では執事らしき人が、良く通る声で皆に呼びかけていた。


「皆様、静粛に。クラウス・モルザン侯爵からご報告がございます」

 

 私達が皆の中心に立つと、皆静かになった。


「お集まりの皆さん。私、クラウス・モルザンは、ここにいるカレンと婚姻を結んだことをご報告いたします。後日披露宴を執り行います。ここにいる皆様には招待状をお送りいたしますので、是非ご参加ください」


 クラウスとともに一礼をすると、皆から歓声が上がった。


「おめでとうございます侯爵様」

「ご招待いただけるなんて嬉しいわ」

「奥様は見たことのない方だな」

「どこの家の者だろう?」


 異例の発表にも関わらず、皆は平然と受け入れている。


(多分、前もって根回ししてあったのね……貴族って一手間多いのよね)


 報告が終わると、皆が私たちの元に集まってきた。

 クラウスと接点を持つための絶好の機会だからだろう。


「クラウス様、是非奥様にご挨拶を」

「私も是非!」

「お話したいわ」


 私のところにも次々と色んな人たちが話しかけてきて、だんだんと対応しきれなくなっていく。

 愛想笑いを浮かべながら、適当に相槌を打つしかなかった。


(すごい人混み……クラウスと離れてしまいそう)


 そう思った時、急に腕を引かれて人混みへと入ってしまった。

 引っ張っている人は力を緩めず、私を連れてどんどんと進んでいく。


(誰?! どこへ連れて行く気?)


 腕が離されたのは、どこか知らない部屋に入った後だった。


「一体何のつもりですか?! こんなこと……あっ!」


 引っ張ってきた人を顔を見て、驚いた。


「どういうつもりか聞きたいのはこっちの方だ!」

「お父様……」


 私をこの部屋に連れ込んだのは父だったのだ。

 そこには父のほかに、母も姉もいた。


「なぜ悪魔の侯爵と一緒にいるんだ!? 結婚とは何事だ? 無断で家を出てどういうつもりだ!?」


 父は大声でまくし立てた。

 私が何も言えないでいると、母が口を開いた。


「随分と金持ちを捕まえたじゃないの? 当然、私達にもお金を使わせてくれるんでしょうねぇ」

「お母様……一体何を言っているのですか?」

「まぁ、この子ったら独り占めするつもりなの?!」


 相変わらずの両親の態度に、返す言葉が見つからない。


「悪魔の侯爵にどんな色目を使ったのかしら? 身体でも差し出したの?」

「お姉様、その発言はクラウスへの冒涜です」

「はぁ? 他にどんな理由であんたなんかと結婚するわけ?」


 姉のミシェルも言いたい放題だ。馬鹿にしたように吐き捨てると私のことを睨みつけた。


 三人とも怒りと興奮で会話もままならない。何を言っても聞く耳を持たない相手に、言うべき言葉はない。

 それに、必要以上に話さないというクラウスとの約束もある。


「先程クラウスが公表した通りです。あなた方にそれ以上説明する事はありません」


 そう言って会場へ戻ろうとした瞬間、


「お前っ、何様のつもりだ!」


 父の怒鳴り声とともに頬に痛みが走った。


「っ……。こんなところで暴力をふるって良いのですか?」

「黙れ! さっきから言わせておけば……」


 父が再び拳を振りかざした。私は反射的に目をぎゅっと閉じる。

 それと同時に、どこからか大きな声が聞こえてきた。


「おーい、こっちで暴れている奴がいるぞ! 誰か来てくれ!」


 その声に父は動きを止めた。

 聞こえてきた声は低めの声色だが、その声には聞き覚えがあった。


(この声、ティル? 一体どこから……ブローチ?)


 なんとブローチから声が聞こえてきたのだ。

 父は声の主が分からず、周りをキョロキョロと見渡している。


 その時、部屋の扉がゆっくりと開いた。


(良かった。今の声で誰かが来てくれたのね)


 そう思って振り向くと、そこにはクラウスが立っていた。


「私の妻に何か御用ですか? リドリー子爵」


 その声は落ち着いているものの、かなり冷酷な響きをしていた。

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