第14話 魔力の消耗

 お礼が言えたことに満足した私は、部屋に戻って早速ドレスを選ぶことにした。


「……よし、これで決まり! 装飾品も決められたし、抜かりはないはず」

 

 ドレスは悩んだ末に、ボルドーのイブニングドレスに決めた。

 自分一人ではまず選ばないようなデザインだが、クラウスの横に立つことを想像した時、一番合いそうなのがこれだった。

 カタログを再度確認し、テーブルの上に置く。


(ティルは置いておけって言っていたけど、これで大丈夫かしら? 本当に間に合うの?)


 ティルにもう一度確認しようと思って立ち上がった瞬間、クローゼットがガタッと音を立てた。


「な、なに?」


 もしや……と思って開けてみると、そこには今選んだばかりのドレスが収納されていた。

 鏡の前で合わせてみると、サイズもぴったりだ。


(そろそろ慣れてきたと思っていたけれど、とんだ勘違いだったわ。本当にすごいことばかり起こる……)


 誰にお礼をしたらいいのか分からず、とりあえずクローゼットに一礼をしておいた。


 手段はどうであれドレスは用意できた。後は、パーティーマナーを復習しておけば大丈夫だろう。


「ちょっと休憩しようかな……なんだか考えすぎて頭もぼんやりするし」


 今日は朝から魔力に触れてたせいか、ものすごく疲れた気がする。

 休憩がてら紅茶でも飲もうと廊下へ出ると。正面からティルがやって来た。


「カレン! もうドレスは決まった? 僕、早く見たいなー」

「決まりました。決まった途端、クローゼットに入っていたので驚きましたが……」

「あぁ、決まったらすぐ用意できたでしょう? 魔力があればなんだって出来ちゃうんだから!」


 すごいでしょー、と自慢げにティルが胸を張った。

 魔力、確かにすごい。だけど、こんなに使って大丈夫なのだろうか。


「あのドレス……クラウスの魔力で作られるのですよね? クラウスの負担になっているのではないでしょうか? 私はお屋敷の力も色々使ってしまっているし……私を雇うことで、ご迷惑になっていませんか?」

 

 光の玉や今回のドレス、これらは屋敷の力によるものだろうが、元々はクラウスの魔力のはずだ。

 忙しくて家の事まで手が回らないから私が雇われたのに、結局クラウスの力を借りている。

 先ほどもクラウスは忙しそうにしていたし、私は負担ばかりかけている気がする。


(これじゃあ解雇されたって文句は言えないかも……)


 私の発言を聞いていたティルはきょとんとした後、何故かふっと吹きだした。


「大丈夫だよーそのくらいなら全然消耗しないから! ……カレンは人間なのに本当に優しいね。ありがとう」

「えぇ? あの、こちらこそ? えっと、大丈夫なら良いのです」


 急に感謝されて、しどろもどろになってしまう。

 うろたえる私が面白いのか、ティルはさらにクスクスと笑いながら続けた。


「あのね、クラウス様が色々消耗してるのは、魔界のいざこざのせいなの。家のこととか人間界のことは、手が回らないだけ。消耗は全然なし!」

「でも……」


 言いかけた私の口を、ティルの指が塞ぐ。

 優しい眼差しがこちらを見ていた。

 

「そーれーに! もうすぐいーっぱいエネルギー補給出来るから気にしないで。僕達は、それがあれば頑張れちゃうから。これもカレンのおかげでしょ?」

「それは……ティルが私を見つけてくれたからですよ。でも、分かりました。余計な心配はしないで、私は私の出来る事をしますね」


 多分、人間の私が出来る事なんて限られている。でもその分、迷惑の量も少ないはずだ。ティルが大丈夫と言ってくれた言葉を信じよう。 


「うん! よろしくね!」


 ティルは上機嫌のまま去っていった。

 ティルと話したことで、私は少し落ち着くことが出来た。


(よし、まずは三日後のパーティーのことだけ考えよう。クラウスの妻として恥ずかしくない言動をしなくちゃね)




 パーティー当日までは、あっという間だった。家事の合間にマナーの復習をしたり、参加者の顔と名前を覚えたりと、忙しく過ぎていった。


 出かける直前、クラウスからパーティーでの注意事項が伝えられた。


「今日のパーティーでは、リドリーの姓を出さないように。カレンの出自については触れないように言ってある」


 どうやらクラウスは婚姻を公表するものの、私に関する情報は一切出さないつもりらしい。

 侯爵のお相手が、社交の場に出たこともない子爵家の令嬢だなんて公表する方が面倒だろう。


「分かりました。もし、あの人達が接触してきたらどうするのですか?」


 私の顔を見たら、きっと突撃してくるだろう。だだでさえ家出で怒らせているのに、天敵と結婚したと知ったら黙っている訳がない。


 私が疑問を口にすると、クラウスは不敵な笑みを浮かべた。


「当然接触してくるだろうな。まあ、こちらで対応するから気にするな」

「……分かりました。私は必要以上に話さないようにします」

「賢明な判断だ」


 どう対応するかは任せたほうが良さそうだ。私は「好きにしていい」と言ったのだから。

 

 心配事を吐き出すようにため息をつくと、ティルがにこにこと近づいてきたら。


「カレン、このブローチをつけて。お守りだよ!」


 そう言いながら、胸元にブローチをつけてくれる。

 ダイヤモンドがあしらわれた煌びやかなブローチだ。ドレスにもよく合ってる。

 

「とっても綺麗ですね。ありがとうございます」

「楽しんできてね!」


 まるで留守番するかのような物言いが気になった。


「ティルは一緒に行かないのですか?」

「僕は別の方法で行くんだ! だから二人で仲良くね! 行ってらっしゃーい」

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