第12話 寝起き
背中に一筋の汗が流れた。
とにかく何か言わなければ……。何とか口を開いて声を絞り出した。
「……お、おはようございます」
口から出た言葉がそれだった。マズイと思っても口から出た言葉は引っ込めることが出来ない。
クラウスは私の声に眉をピクリと動かす。
「あ゙? お前何の用だ……。んん? ……カレンか?」
クラウスの口からは、昨日聞いた声とは全然違う低音が聞こえてきた。
何度か瞬きをした後、私と目が合った。その瞬間、手首に込められていた力が和らいだ。
「あ、はい。えーっと、もうすぐお昼になりますので起こしに来ました」
何とか私を認識してくれたようなので、本来の目的を伝える。
今日はいい天気ですよ、と付け加えると、クラウスは私の手首をそっと離した。
「……悪い」
「いいえ。急に起こそうとした私も悪かったですから」
気まずそうなクラウスを見ていると、あと少しで骨が折れそうでしたよ、とは言えなかった。
「何故カレンが起こしに来たんだ。ティルはどうした?」
さっきまで私を睨んでいた目は、どこか違うところを見つめている。
「お昼ご飯の準備を手伝ってくれています。それで私が起こしに来ました」
「はぁ……明日からはティルに起こすよう言っておく」
クラウスは頭を手をあててため息をついている。
ティルが起こすのを嫌がる理由も、クラウスが私に起こされたくない理由も、よく分かった。
(寝起き、最悪なのね。運が悪ければ殺されそうだもの)
それでも……
「私じゃいけませんか? ちゃんと起こしますので」
クラウスの身の回りの世話をする。それが私の仕事なのだがら、私がやるべきだろう。
そう言うと、ようやくクラウスがこちらを見てくれた。
少し驚いたような顔をしている。
「いや……カレンが良いなら構わない。俺も、その……気をつけよう」
「ふふっ、お願いしますね」
殊勝な態度のクラウスが面白くて、つい笑い声がもれてしまったが、クラウスは怒る訳でもなく私を見つめいた。
私がくすくすと笑っていると、ベッドの横の窓が急に開いた。
柔らかな風がふわっと部屋に入り込んてくる。
「あら? 窓が……」
窓の周りをよく見ると、さっき案内してくれた光の玉がふわふわと漂っている。
それがどういう意味なのか、不思議と理解出来た。
「お屋敷さん? クラウスを起こすのを手伝ってくれるの?」
私の声に反応するように、光の玉がくるくると窓の周りを飛び回る。
「ありがとう、助かるわ」
光の玉に向かって話していると、クラウスが興味深そうに言った。
「どうやら屋敷に気に入られたようだな」
「そうなんでしょうか?」
「誰にでも親切なわけでは無い。嫌な客が来ると、色々いたずらをして厄介なんだ」
厄介だと言いながら、光の玉を見つめる目はとても穏やかだ。
クラウスが光の玉に手を差し出すと、光の玉がふわふわと掌に着地してゆっくりと消えていった。
クラウスとともにリビングへ向かうと、ティルが配膳を終えたところだった。
「クラウス様! おはよーございます。あれ? カレンは無傷だ。すごーい!」
ティルはパチパチと拍手しながら称えてくれた。
クラウスが睨んでいることに気づかず、ティルは楽しそうに続けた。
「僕は毎日クラウス様を起こすたびに、すっごい攻撃されて傷だらけになっちゃうんだから!」
「ティル、お前は今日魔王のところまで行って、例の書類を貰って来い」
「げぇー! 伝書鳩飛ばすって言ってたじゃん。僕、魔王様好きじゃないのにー」
クラウスは、頬を膨らませて抗議するティルを一瞥にて、冷たく言い放った。
「俺を起こすよりマシだろう?」
「うぐぅ……酷いよー」
ティルはしばらくぶつぶつと文句を言っていたが、クラウスは素知らぬ顔をしていた。
「さぁ食べましょう。スープが冷めてしまいますよ」
ほらほらと促すと、二人ともようやく食べ始めた。
(味見したときはそこそこ美味しかったんだけど、お二人の口に合うかしら?)
内心ドキドキしながら二人の様子を伺った。
「んー美味しいよ! カレンは料理が上手いんだね」
「普通ですよ。食材が良いから美味しくなるんです」
「いや、これは……久しぶりに人間の飯が旨いと感じたな」
「ふふっ、ありがとうございます。おかわりもありますからね」
(良かった。二人の口に合ったみたい)
作った料理を美味しいと言われるのは、初めてのことだ。照れくさいけど嬉しかった。
二人が美味しそうに食べてくれるのを見て、私も食べ始めた。
(ちゃんとした味になってる。あぁ、緊張した)
味見の時には緊張でよく分からなかったので、まともな味で心底安心した。
食事が終わろうという頃、クラウスが思い出したように口を開いた。
「あぁそうだ。三日後、王家主催のパーティーがある。参加するから準備しておけ」
馴染みのない単語を聞いて、お茶でむせそうになった。
「お、王家主催のパーティー? 参加するのですか? 私も?」
「そうだ。そこでカレンと婚姻を結んだことを発表する」
「あ、わ、分かりました」
急な展開に戸惑ったが、もう決定事項らしい。私は受け入れるしかなかった。
「すっごく楽しみだねっ!」
「あぁ、久々に楽しめそうだな」
ティルもクラウスも待ちきれないといった様子で笑い合っている。
(そんなに楽しいパーティーなのかしら?)
正直貴族のパーティーは面倒でしかないけれど、参加するからには準備をしなくてはならない。
(あまり時間がないから急がないと……)
その時、私はドレスもなにも持っていないことに気がついた。
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