第7話 契約結婚も仕事です
「こ、婚姻?」
予想外の話に、思わず声がひっくり返る。こんいん、コンイン、婚姻。 つまり結婚ってことだ。悪魔であるクラウス様と。
「そうだ。魔界に耐性があるといっても、それがどの程度のものかは分からない。いつ体調に異変が出るか、不明瞭では雇い辛い。だが婚姻を結び、俺の力を分け与えればその心配はなくなる」
「なるほど……?」
(つまり私のためってこと? この人、いや人じゃないけど、この悪魔、めちゃくちゃ良い悪魔じゃないかしら?)
やはり私の勘通り、クラウス様は無害な悪魔なのかもしれない。むしろ従業員の体調管理が出来る良き経営者だ。
「クラウス様、天才!! カレンがお嫁さんになってくれたら僕も嬉しいなっ!」
ティルはまたぴょこぴょこ飛び跳ねて、ウキウキしている。すっかり懐かれてしまったようだ。
(うーん、どうせ他に結婚する予定もないし、全然構わないけど……)
婚姻という響きに驚きはしたが、断る理由は見当たらない。私はもともと将来結婚するつもりは一ミリもなかった。
家を出たあとは一人で暮らすつもりだったし、結婚願望なんてあるはずもなかった。
気がかりなのは、私よりクラウス様だ。人間と結婚しても大丈夫なのだろうか。
悪魔のことはよく知らないけれど、周囲になにか言われたりしないのだろうか。
「差し出がましいようですが、クラウス様は私と結婚しても大丈夫なのですか? 世間体というか……」
「構わない」
クラウス様は、なんでもないように返答した。
悪魔にとって、結婚は大した問題ではないのかもしれない。
「でしたら私も大丈夫です。結婚しましょう。それで、もう一つの条件とは何でしょうか?」
クラウス様が構わないなら問題ない。むしろ、本来するはずのなかった経験が出来るのだからありがたい話だ。
(一つ目の条件が簡単なもので助かったわ。もっと厳しい労働条件とか対価とかの話かと思った……)
ひとまず安心してもう一つの条件を聞くと、クラウス様は少し笑ってから言った。
「……つくづく変わった娘だな。二つ目は、仕事内容についてだ。俺の妻として、人間の貴族社会で適当に立ち回ることを仕事に追加する」
「人間の貴族社会……?」
悪魔がなぜ人間の貴族を? と不思議に思っていると、ティルが楽しそうに教えてくれた。
「クラウス様は、人間界と魔界を行ったり来たりしてるの。人間界では貴族なんだよー! でもパートナーがいないから、周りの人間がものすごーく煩いんだよね」
「なるほど……だから人間の妻役が必要なのですね」
私は社交の場にほとんど顔を出したことはないけれど、それくらいは想像に難くない。
(結婚相手を紹介して取り入ろうとか、娘と結婚させようとか、色々言う人がいるんだろうな。目に浮かぶようね)
「出来そうか?」
「問題ありません。私も一応子爵家におりましたので」
実践は乏しいが、基本的なマナーは理解している。まあ、なんとかなるだろう。
「よし、ならば契約成立だ」
クラウス様がそう口にすると、私の足元に再び模様が現れて、光輝いた。
(ティルの時と似てる……これが悪魔の契約の仕方なんだ)
しばらくすると模様が消え、私の薬指に指輪がはまっていた。
「結婚指輪だ。無理に外そうとすると命に関わるから気をつけろ」
「わ、分かりました」
さすがは悪魔。契約は命がけのようだ。クラウス様が悪魔なのだとようやく実感した。
契約に対する驚きはあったが、恐怖や不安はなかった。
(まあ別に外さなきゃ良いだけだから。そんなに邪魔になるものでもないでしょうし)
私が指輪を見つめていると、ティルが嬉しそうにクラウス様に抱きついた。
「これで人間に結婚結婚って言われなくて済むね! カレンを紹介した僕の手柄でしょう? 褒めて!」
「そうだな、よくやった。まったく、貴族連中は今日も煩くて……」
クラウス様が愚痴を言いながらティルの頭を撫でると、ティルは気持ち良さそうに目を細めた。
そんなティルを見て、心なしかクラウス様も嬉しそうに見える。
(やっぱりクラウス様は怖くない。こんなにも優しそうだもの)
これからこの人の妻として働くのだ。私はカレン・リドリーではなくなる。自分の姓が変わるのはかなり嬉しかった。ようやくリドリー家から逃げられた気がする。
(これから私はカレン……あれ? クラウス様の姓ってなんだったかしら?)
結婚するのに相手の姓を知らないのはまずい。
「クラウス様、正式なお名前を伺ってもよろしいですか?」
「あぁ、俺はクラウス・モルザンだ」
「モルザン?! も、もしかして侯爵のクラウス・モルザン様?」
「なんだ知っていたのか?」
その名前を聞いた時、私の脳内の記憶が一気にあふれ出てきた。
(そうだ、この顔! なんで忘れてたんだろう?)
クラウス・モルザン、別名『悪魔の侯爵』。社交界で最も恐れられている男だ。
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