第6話 お仕事適性
「ふっ……変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」
「ね、カレンなら大丈夫そうでしょ? 僕の目に狂いはないんだから」
クラウス様は私のことを支えた状態のまま、面白そうにしている。
放してほしい気持ちもあったが、それ以上に気になる単語が聞こえた気がした。
「悪魔……? 魔法使いではなく? 本当に突拍子のない夢ね……」
思わずポツリと漏れた言葉にクラウス様が首を傾げた。
「魔法使い? 夢? ……おいティル、騙して連れてきたのか?」
クラウス様の言葉にティルがハッとした。
「あー! カレンってば、まだ夢だと思ってるの? いい加減気づきなよ。これ、現実!」
「げ、現実? これが?」
(現実なの? 喋る猫の使い魔と瞬間移動と悪魔が? 確かに感覚はリアルだけど……)
感覚がいやにリアルなこと、いつまで経っても目が覚めないこと、確かに夢ではないのかもしれない。
試しに自分の頬をつねってみた。
「……痛っ! 本当に痛い……現実かも」
私の行動にティルが少し呆れていた。
「やっと気づいたの? 遅いよー。ここは魔界なんだよ? 移動したときに気づいたと思ってたよ」
「ええっと、申し訳ありません。あまりに現実離れしたことばかり起きたので……」
ティルに責められて、思わず謝罪の言葉を口にする。
(って、なんで私が謝ってるのかしら? こんなの勘違いして当然じゃない?!)
「それにさ、クラウス様は悪魔だって言ったじゃん。……あれ、言ってないっけ?」
「聞いてませんよ! てっきり魔法使いなのかと」
「魔法なんてあるわけ無いじゃん!」
「夢ならあるかもしれないでしょう?」
クラウス様は、私とティルのやりとりをしばらく黙って聞いていた。
そしてため息をつくと、私をそっと放して口を開いた。
「ティルが暴走してここまで連れてこられたのだな。仕方ない……面倒だが元の場所に帰してやる。お前が望むなら今回の記憶も消しておく」
クラウス様が口にしたのは思わぬ内容だった。
だけど今帰されるのはごめんだ。
(現実なのでしょう? なら仕事の話も夢じゃないってことだわ。こんなチャンス、逃したくない!)
悪魔とか魔界とかよく分からないけれど、住み込みで働ける仕事なんて滅多にない。その事実は、この数週間で身にしみていた。
だからこそ、絶対にここで働きたかった。
「ちょっと待ってください! 確かにティルは暴走気味でしたけど、ここへは私が来たくて来たのです」
「どういうことだ?」
私の答えが意外だったのか、クラウス様は怪訝な顔をした。
「どうしても住み込みで働きたいのです。ティルは私のそんな事情を知って、働かないかと声を掛けてくださったのです。どうか、雇ってくださいませんか?」
「……俺に雇われることがどういう意味か分かっているのか? 悪魔と契約することになる」
クラウス様の表情は険しかったけれど、その言葉に冷たさは感じなかった。
(悪魔と契約……すごく怖い響き。でも、これは単なる勘だけど、クラウス様は大丈夫な気がする。本当に私を陥れる気なら、私を帰そうとしないはず)
「構いません。悪魔だろうが天使だろうが、関係ありません。ここで働きたいのです。ティルも私には適性があるって言っていました。是非やらせてください」
私が頭を下げると、ティルが援護するように口を開いた。
「カレンなら大丈夫だって! この屋敷に入ってもこんなに元気だし、クラウス様とも普通に話してるんだから」
ティルの発言にクラウス様はしばらく考え込んでいた。
「……お前、身体に異変はないのか?」
「え? はい、特には」
「普通の人間ならば、魔界の空気に長時間耐えられない。ましてこの屋敷の中は、魔力が充満している。人間は数分で意識を失うはずだ」
「そうなのですか? 私は大丈夫ですけれど……」
「お前は実に不思議だが……波長が悪魔に近い、いや俺に近いようだ。だから耐えられるのだろう」
詳しくは分からないけれど、私は魔界にいても大丈夫ってことらしい。
(これがティルの言っていた適性なの?)
水晶が反応しただの、波長がどうのと言っていたのは、この事だったのだ。
「ねえークラウス様、せっかく僕たちにピッタリな人を連れてきたんだよ? 雇っちゃおうよ」
「お願いします! 私に出来る事はなんでもしますから!」
ここまできたら頼み込むしかない。ティルのおねだりに紛れるようにして、必死にお願いをした。
クラウス様は私の目をじっと見つめていたが、やがて何かを決意したようたった。
「魔界に耐性のある人間の娘か、面白い。カレン、お前が望むのなら雇ってやろう。条件付きでな」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
(やったー! ようやく職を手に入れたわ!)
内心大喜びで、思わず顔がにやけてしまいそうだ。
「やったね、カレン! これから一緒に頑張ろうね」
「ありがとうございます、ティル」
ティルがぴょんぴょん飛び跳ねながら、私の手にハイタッチをした。
私も嬉しくて、ティルと手を叩きあった。
喜びを分かち合っていると、クラウス様の呆れた声が聞こえてきた。
「カレン、まだ話は終わっていない。雇うには条件が二つある」
「えっ……なんでしょう」
(条件……なんだろう? さっきなんでもしますって言っちゃったのに、難しい事だったらどうしよう)
一抹の不安を抱えながら、私はクラウス様の方を見た。
クラウス様は私を試すような目つき見ながらこう言った。
「一つは、俺と婚姻を結ぶことだ」
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