第5話 クラウス様のお屋敷
どうやら数秒の間にどこかへ移動したみたいだ。
不思議な出来事が続いたおかげで、これくらいのことでは驚かなくなっていた。むしろ楽しささえ感じていた。
(瞬間移動したんだわ! 身体になんの異変もない。あぁ……目を開けていたかったな)
目の前には見知らぬお屋敷が立っている。
目視では端が見えないほど広く、壁の装飾を見るだけでも地位の高い貴族の屋敷であることが分かる。
(ものすごくお金持ちの家って感じ。こんな家に住んでいる人に、今さら家政婦が必要になるかしら? 変じゃない?)
先ほどのティルの話に若干の違和感を覚えた。でも今は気にしても仕方がない。
「ここがクラウス様のお屋敷なんですか?」
「そうだよ、僕たちのお家! 入って入って」
ティルに促されて屋敷の扉を開けると、上品な玄関ホールが広がっていた。
だが広い割に人の気配が全く無い。
(使用人が一人もいないってどういうこと? 我が家みたいに実は貧乏で雇えない、とか? まさかね。使用人が雇えないなら、私のことだって雇えないでしょうに)
つい考え込んでしまい、足が止まっていた。
気がつくと、ティルがどんどん奥へ進んでいっている。
「カレン? こっちだよー」
「あ、はい」
慌ててティルの後を追う。
ティルを見失ったら迷子になってしまう。それくらいこの屋敷は広いのだから。
ティルが案内してくれたのは客間だった。広くて豪華な部屋だ。
「もう少ししたらクラウス様が来るから、そこに座って待ってて」
そこ、と指された先には座り心地の良さそうなソファーが置いてあった。
ソファーに座って部屋を見渡すと、趣味の良い絵画がいくつか飾られており、部屋もきちんと手入れされていることが分かる。
(ちゃんとしているじゃない。クラウス様が自ら掃除をしているのかしら? それともティル? なんの問題もなく生活してそうだわ……。 本当に家政婦って必要なの?)
もう少しティルに仕事の話を聞く必要があるかもしれない。そう思ってティルの方を見た時、思わず固まってしまった。
「なっ……! えぇ?」
そこには猫ではなく、少年が立っていたのだ。
少しくせ毛の黒髪で金色の瞳。12、13歳くらいだろうか。執事のような服を着た、とても可愛らしい少年だった。
「えっと……ティル、なのですか?」
「うん? あぁそっか、姿変わっちゃったのか。そうだよ、ティルだよー」
猫と同じ声が少年から発せられる。本当にティルだった。
「猫ではなかったんですね」
「使い魔って言ったじゃん。僕は色んな姿になれるんだよ! でも家にいる時とかは、この姿が多いかな。どお?」
と言いながら、その場でくるくると回ってくれた。
どことなく猫の時の面影を感じるから、やっぱりこの子はティルなのだろう。
「猫の姿のティルも可愛かったですが、私は今の姿の方が好きですよ。お話がしやすいですし」
「本当? 嬉しいなー。じゃあカレンと会う時はこの姿でいよーっと」
嬉しそうにニコニコと笑うティルは、とても愛らしかった。
(なんだかティルって構いたくなるような可愛さがあるわね。話しているだけで癒やされる。……って、癒やされてないで仕事の話をしなきゃ!)
「あの、クラウス様とお会いする前に、お仕事の内容について詳しく聞きたいのですが……」
「いいよ、何が知りたいの?」
ティルが私の隣に来て座る。広場にいた時と同じなのに、小さな子に仕事について聞くのは不思議な感じだった。
「クラウス様の身の回りの世話って言っていましたけど、それって……」
具体的などんな事ですか、そう聞く前に、部屋の扉が開いた。
「また勝手に出歩いたのか、ティル」
「あ、クラウス様! おかえりなさい」
扉の向こうから、背の高い男性が入ってきた。艶やかな銀髪にティルと同じ金色の瞳をしている。美しいという言葉が一番似合う容姿だ。ティルに少し似ているが、もっと目つきが鋭く、威厳があった。
一見怖そうな雰囲気を纏っていたが、ティルを諫める声色は少し柔らかかった。
(この人がクラウス様? どこかで見たことあるような気がするんだけど……。あ、そっか。私の夢だもん。知っている人の顔が出てきてもおかしくないか)
ご挨拶をしようとしたが、私のことは全く眼中にないようだ。ティルと言い争いを始めてしまい、入る隙がなくなってしまった。
「また人間にちょっかいをかけたのか?」
「違うもん。ちゃんと仕事してきたんだよ! なんと、クラウス様のお世話ができる人を連れてきましたー」
ティル言葉にクラウス様の目つきが一層鋭くなる。
「世話……そんなもの必要だと一度でも言ったか?」
「言ったような気がするけどなー。最近忙しいから、お家のことまで手が回らないーって嘆いてたじゃん」
(もしかしてティルが勝手に私を雇おうとしたってことかな? クラウス様は必要としてないじゃない。大丈夫かしら?)
クラウス様の反応を見ていると、雇ってもらえるか不安になってきた。
「すぐに辞めてしまう奴を雇ったって無駄だろう」
「大丈夫、カレンは絶対辞めないよ! だって水晶が反応してるんだ! クラウス様と似た波長が見えるの」
「水晶? お前、また勝手に持ち出したのか。最近勝手に動き過ぎだ。この間も……」
「今はそんな細かいところ気にしないでよー。ほら、カレンを見て!」
クラウス様が何かを言いかけたが、ティルが慌ててそれを制止する。
そして、私をクラウス様の前に押し出したのだ。
「わっ……!」
急に押し出されて、よろけてしまう。転ぶと思った瞬間、クラウス様に両腕を支えられた。
「……確かに」
クラウス様は私の顔をまじまじと見て、何かに納得している。
見られているというより観察されている感じだ。
「あの……カレン・リドリーと申します。支えてくださってありがとうございます」
ずっと見られているのに黙っているのが気まずくて、とりあえず挨拶をした。
私が挨拶した途端、クラウス様は少し目を見開いた。
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