第4話 黒猫からのスカウト
暗闇の奥から少年のような声が聞こえた。
「だ、誰?!」
「ビックリし過ぎじゃない? 僕怪しくないよ。お姉さんを助けたくて声をかけたのに……」
「え、あぁ、申し訳ありません……?」
少し不貞腐れたような声で言われて、思わず謝ってしまう。
(疲れ過ぎて幻聴が聞こえてる?! それにしては、はっきり聞こえるんだけど……)
あたりを見渡してみても、人影ひとつ見当たらない。
「どこ見てるの? ここだよ、ここ!」
「へ?……ね、猫?」
声のする方をよく見ると、真っ黒な猫がこちらを見ていた。金色の瞳がキラキラと光っている。
目が合うとスタスタとこちらにやって来て、私の隣にちょこんと座った。
「猫じゃないんだけどな……もういいや。お姉さん、仕事を探してるんでしょ?」
「ええと……そう、ですけど」
(待って待って、猫が喋ってる?! しかもなんか仕事の話をされてる?)
目の前の現実を受け入れるより先に、猫がどんどん話を進めてくる。
「家を出たくて仕事を探してるけど、子爵令嬢だって隠してるから上手くいかなかったんだよね?」
「その通りですけど……どうしてそれを知っているのですか?」
こんな話を知っているのは親しい町の人達だけなのに、この猫はなぜこんなにも知っているのだろうか。
恐る恐る聞くと、猫は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「あのね、これで見たの! なんでもお見通しの水晶! これでお姉さんのこと見てたんだー」
これ、と示されたのは猫の首輪だ。首輪には確かに水晶がついている。
(ただの水晶にしか見えないけど……これで私のことを見てた? そんな魔法みたいなことが出来るの?)
私が首輪の水晶を訝しげに見ていると、猫が少し気まずそうにこちらを見上げてきた。
「勝手に覗いちゃってごめんね。怒ってる?」
「え? あぁ、いえ……怒ってるわけじゃないですけど、普通の水晶に見えたから不思議だなって……」
急にしょんぼりされると罪悪感がわいてくる。
怒っていないと示すためにぎこちなく微笑むと、猫が嬉しそうに目を細めた。
「なんだぁ、良かった! これね、使い方を知らないと見れないの。教えてあげようか?」
「えっと……大丈夫です、結構です」
「えー残念」
(表情も話もコロコロ変わるなぁ……声も幼いし、本当に子どもみたい。なんだか可愛く見えてきた)
不思議な存在ではあるが、悪意は感じない。しばらく話を聞いてみることにした。
「あ、そうだ! 僕、お姉さんに仕事を紹介しようと思って声かけたんだった」
「仕事、紹介してくださるんですか?」
「うん。クラウス様の身の回りのお世話をしてほしいの」
(クラウスという人の身の回りの世話……家政婦みたいなことかしら? もっと変な仕事を紹介されるかと思ったけど、案外普通かも…)
こんな時間に急に声をかけてきたのだ。もっと怪しい仕事を覚悟していたのに、真っ当な仕事を紹介されて逆に驚いてしまった。
「それくらいなら出来そうですが、どうして私に?」
「お姉さんには適性があるからだよ! 僕はずーっとお姉さんみたいな人を探してたんだ」
見つけられて良かったー、と猫が嬉しそうに笑っている。
適性がある。探してた。そんな風に言われたことがなかった私は、にわかには信じ難かった。
(こんなことってあり得るの? なんだか都合が良すぎる……もしかして、これは夢? きっとそうよ! 疲れて眠って夢を見ているんだわ)
夢だと分かると、力が抜けた。
これは仕事探しに疲れて見た夢。
おしゃべりな猫が仕事を運んできてくれるなんて、夢に決まっている。
(仕事が舞い込んでくるなんて最高じゃないの。なんて良い夢なのかしら!)
目が覚める気配もないし、私は猫の話に乗ってみることにした。
「私、その仕事やってみたいです」
「本当? やったー! じゃあクラウス様に紹介していい?」
「はい、お願いします」
「契約成立だね!」
ティルがそう口にした途端、私の足元に不思議な模様が現れて光り始めた。
「な、なんですか?!」
「契約成立の合図だよー。そんなに慌てないで」
私は潜在意識でこんなファンタジー世界を望んでいたのかもしれない。
猫はまるで魔法使いのようだった。
(昔は魔法の世界に憧れたものよね。魔法で新しい家族を作りたいって願ってたっけ)
夢の中だけでも魔法を体験できるなんて、すごく幸運なことだ。考えただけでワクワクしてきた。
もしかしたら大冒険とか出来るかもしれない。
この猫は案内役って感じだろうか。
「あなたは一体何者なのですか?」
「あ、自己紹介するの忘れてたね。僕はティル! クラウス様に使える使い魔だよ! よろしくね、カレン」
使い魔なのだという不思議な猫、ティルは当然のように私の名前を口にした。
「よろしくお願いしますね、ティル」
(もうここまで来たら、流れに身を任せてみよう)
「じゃあ僕と一緒に来て。早速、クラウス様に会いに行こ!」
「今からですか? こんな時間にお邪魔したらご迷惑だと思います」
「そんなことないよ! むしろ、僕は早く帰らないと怒られちゃう」
「そりゃあ、ティルはそうでしょうけど……」
(クラウス様がどんな方か分からないし、第一印象が悪かったら雇ってもらえない)
そこまで考えて、ふと気がついた。
「でも……夢だから平気よね? 私に都合が良い展開になってくれるはず。だって夢だし。……よし、分かりました。行きましょう!」
何も遠慮することはない。早速行こうと立ち上がると、ティルは首をかしげた。
「もしかして夢だって思ってる? うーん……まいっか。そうだよ! これは夢! だから一回行ってみよー」
「はい、連れて行ってください」
「オッケー! じゃあ目をつぶって。いいよって言うまで開けちゃダメだよ?」
言われた通り目をつぶる。五秒も経たないうちにティルの声がした。
「はい、いいよー」
目を開けると、全く知らない場所に立っていた。
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