第3話 職探しは難航中

「駄目だ、働ける場所がないっ!」


 子爵令嬢という身分を隠して働けないか探してみたのだが、全滅だった。


 今日は家から離れた街で仕事を探していた。

 何時間もかけてやって来たその街は、以前から目星をつけていた場所だった。ほどよく賑わって活気のあるところだと聞いており、期待できそうだったのだ。


(最初に入った食堂では好感触だったんだけどな。あぁ、お給仕の仕事、良いと思ったんだけど……)


 最初は好感触だったのだが、話しているうちに雲行きが怪しくなってしまった。


「……なるほど。今話している感じだと、接客は大丈夫そうだ。料理がそこそこ得意なのもありがたい。是非! と言いたいところだけど、君、この辺りの人じゃないね。今はどこに住んでいるの?」

「あー……えっと、王都の方に……」

「王都? もしかして、君、貴族のご令嬢だったり……?」

「いやっ、まあ、近からず遠からずというか……」


 それまで受け答えは完璧だったのに、急に家のことを聞かれて焦ってしまった。

 それで何かを察したのだろう。


「君、家出でもするつもり? 駄目だよ、親御さんを困らせちゃ。それに、お嬢様をこんな所で働かせられないよ。さあ、帰りな」


 なんて言われて断られてしまった。


 その後もいくつかお店をあたってみたのだが、どこも似たようなものだった。

 

「身元がはっきりしてないと、ちょっと……」

「成人したって言ってもまだ18だろう? 親御さんの許可をもらわないと難しいな」

「住み込みは厳しいかな。どこに住んでいるんだい? ……え? 言えない?」


 経営者からすれば当然の反応だった。一度話を聞いてくれただけでもありがたい。


「素性の知れない娘を雇ってくれる場所なんて、そうそう無いとは思っていたけれど……全滅なんて! かといって住所を口にした途端、貴族だってバレてしまうし……もう、どうしたらいいのー」


 住所や身分、親の存在を適当に偽ってしまおうかとも思った。

 けれど、これからお世話になる人に嘘をつくのはどうしても気が引けた。


(でも正直に話したところで働かせてくれるところなんて無いわよね)


 子爵令嬢という肩書を外すために働きたいのに、肩書のせいで働く場所がない。

 自分の無力さがもどかしかった。


(あぁー……なんだか今日一日空回りした気がする)


 労働者を募集する張り紙を見つけてはお店に飛び込んだり、人づてに聞いて回ったり、とにかく色んな場所を駆けずり回った。

 その全部が無駄に終わったのだと思うと、心が折れそうだった。


 気がつくと、すっかり夜になっていた。


(今日は三人ともパーティーだから遅くなっても大丈夫なはず……でも、そろそろ帰らないと。明日、別の場所を当たってみよう! 良い方法が思いつかないなら、数当たるしかない!)


 一日目が駄目だったくらいで落ち込んでられない。最初から長期戦になることは分かり切っていたはずだ。

 あの家を出るための唯一の方法を簡単に諦める訳にはいかない。


「よし、気合を入れ直そう!」

 



 けれど、何日経っても、何週間経っても、働ける場所は見つからなかった。


「カレンちゃん、また駄目だったのかい?」

「そうなの……もう嫌になっちゃう。あ、おばちゃん、このジャガイモもちょうだいな」

「はいよ」


 優しく声を掛けてくれているのは八百屋のおばちゃんだ。

 我が家の食料が底をついたので、買い物をしに来たのだ。


 ここは我が家から一番近い平民の町で、とてものどかな場所だ。

 貴族がうろつく王都の街で買い物をすると両親が怒りだすので、私はこの町で買い物をしている。


(実の娘を使用人扱いしている、なんてバレたらお終いだものね。次女は病弱で、家から一歩も出られないって嘘ついているんだもの)

 

 だけど、そのおかげでこの町の人達と出会えたのだ。そこは感謝している。

 町の人達はとても優しくて、私の事情を知ってからは色々と気にかけてくれる。


「もういっそ、この町で働いたらどうだい? カレンちゃんならどこでも歓迎してくれるよ。うちだって大歓迎だ!」

「ありがとう。でも家から近いと両親にバレる可能性が高いし、そうしたら迷惑をかけちゃうから……。もう少し頑張って探してみるね」


 私があの三人に比べてまともに育ったのは、この町の人達のおかげだ。

 私はこの町で一般常識や思いやりを学んだのだ。


(くだけた口調も沁みついちゃったけどね)


「皆で応援してるからね。ほら、このサンドウィッチも持っていきな。ちゃんと食べて元気をつけるんだよ!」

「わー助かる! 本当にありがとう。今度また服とか本とか持ってくるね」


 この町で人の優しさに触れられた私は、ものすごく幸運なのだろう。

 あの三人のことで傷つかなくなったのも、この町の人達が支えてくれたからだ。

 ずっと一人きりだったら、とっくの昔におかしくなっていただろう。


(絶対この人達に恩返しするんだ! そのためにも早くあの家を出たいな……)




 買い物を終えて帰る頃には、日が暮れ始めていた。


(今日は皆家にいるから早く帰らないと)


 そう思っていたはずなのに、急いでいた足はだんだんと速度を落とした。

 ふと目に入った景色がいつもと違って見えたからだ。


「あれ? こんな所に広場なんてあったっけ? それに噴水も……。もしかして迷った?」


 近づいたらいけない。本能的にそう感じたのだが、身体が勝手に広場へ進んでいく。


(なんか不思議な所ね。不気味なはずなのに心地良い……ちょっと休んでいこうかな)


 噴水前のベンチに座ると、ふっと身体が軽くなった。


(なんだか眠くなってきた気がする……)


 だんだんと頭がぼんやりして、道に迷ったことも忘れてしまいそうだった。

 日もすっかり落ちて、真っ暗になっていた。


「最近頑張りすぎたかな。ちょっと疲れてたのかも。あーあ、誰か私を雇ってくれないかしら。身を粉にして働くのにな……」


 うとうとしながらポツリと呟いた言葉は、暗闇に吸い込まれていった。

 ……はずだった。




「そこのお姉さん。そんなに働きたいなら、僕がお仕事紹介してあげるよ」

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