第2話 これまでの18年間

 庭に出ると、爽やかな風が吹いていた。

 私はぐーっと大きく伸びをする。


「んー…いい天気! 今日で私も18歳。おめでとう私。これでようやく働き口を探せるわ!」


 成人したら仕事を探してこの家を出る。それが私の夢だった。


 この家から出るには、結婚するか家出をするかの二択しかない。

 だけど、まともな結婚が出来る可能性はほぼ皆無だ。あの両親がまともな相手との結婚を許す訳がない。私が幸せになるのが気に食わないのだから、絶対に妨害されてしまうだろう。


「今だって貴族との交流が出来ないように、社交場への出入りは禁止されているしなー」


 お茶会やパーティー、学校さえ行かせてもらえてないのだ。出会いなんか一つもなかった。


 結婚が無理なら方法はただ一つ。生きていく術を身に着けて、この家をこっそり出るしかない。


「住み込みで働けるところがいいわよね。皆が出かけたら、私も職探しに出かけようっと」


 ようやく夢に向かって動き出せることが嬉しくて堪らなかった。


 でも嬉しさの反面、不安が頭をよぎる。


(何の取柄もない女性でも出来る仕事って何があるかしら? それにいくら成人したといっても、絶対学校や両親のことは聞かれるでしょうね。もし、働けるところが見つからなかったら……って、今はそんなこと考えちゃダメよ!)


 平民と同じように仕事を探すと言っても、たいていの仕事は世襲制だ。そもそもあまり仕事の募集などないだろう。例え募集していても、力仕事などに女性は採用されない。

 すぐには仕事は見つからないだろう。ある程度長期戦を覚悟しなければならない。


「探せば一ヶ所くらい雇ってくれる場所があるはずよ! 粘り強く探せば大丈夫なんだから!」


 箒を握りしめながら、自分に言い聞かせる。やる前から諦めては勿体ない。

 探せばいつか出会えるはずだ。自分でも出来る仕事が。


(でも、ダラダラと探している場合じゃないのよね)


 数ヶ月前、姉のミシェルがお金持ちの男爵家子息とお付き合いを始めたのだ。

 婚約まで話を進めたようで、両親は大変喜んでいた。

 

 もしミシェルが先に家を出ることになったら、両親からの当たりがますます強くなってしまう。監視が強くなれば、職探しも難しくなるだろう。


(ミシェルなんかに捕まるご子息がいるなんてね……)




 婚約が決まった日は、両親が興奮してお祭り騒ぎだった。


「よくやったぞ、ミシェル!」

「さすがよ、ミシェル。これでまた優雅に暮らせるわ!」

「ありがとうございます、お父様、お母様。私はお二人のお役に立てる娘ですから。……ふふっ、カレンと違ってね!」


 ミシェルが結婚したら、男爵家に寄生するつもりなのだろう。三人とも金づるを見つけて大喜びだった。

 

(お相手は子爵家の名につられちゃったのかしら? 憐れね)


 可哀想だけれど、他人の心配をしている場合ではない。見知らぬ男爵家の行く末より、自分の行く末の方が大切なのだから。


(それに……もしかしたら、男爵家で浪費癖が治るかもしれないものね。まぁ、父と母は手遅れでしょうけど)


 ミシェルの婚約が決まってから、両親の性格はますます醜悪になった。


「ミシェルに比べてあんたは本当に役立たずね!」

「奴隷商人に売ってしまった方が良いかもしれんな」


 顔を合わせるたびに口癖のように言われる言葉だ。

 世間体を気にする両親がそんなこと出来る訳ない。ただの脅しだ。


「本当にミシェルは良い娘だわ。素晴らしい嫁ぎ先を見つけて安泰ね。……後は跡継ぎさえいればねぇ。どうして二人目も女だったのかしら」

「そうだな、カレンが男だったら良かったんだがなぁ……。結婚も出来そうにないし、困った奴だよ」


 ミシェルの件は口実で、両親はいつも私が女であることを責めたてる。

 両親は男の子が欲しかったんだろう。だけど、生まれた子どもは二人とも女の子だった。

 その失望の矛先が、次女の私に向いたって訳だ。


(勝手に産んでおいて迷惑な話よね。使用人扱いされたのはここ数年だけど、ずっと昔から両親は私に関心がなかったし……)




 幼い頃からずっと両親から虐げられていた。そんな両親を見て育ったミシェルも、当然私のことを見下すようになった。


「お父様とお母様が言ってたわ! カレンっていらない子なんだって。 あははっ、かーわーいーそーう!」

「うぅ……酷いよ、お姉さま。そんなことないもん。私はっ……いらなくないもん……」


 ミシェルは泣きそうな私の顔を見て、心底楽しそうに笑っていた。


(昔は本当に悲しかったのよね。そんな頃もあったなぁ……)


 最初は悲しかったけれど、今はなんとも思わない。あの人達から愛情をかけられたいとは思わないし、愛したいとも思えない。


(18年間生きてきて、あの三人に期待するだけ無駄だって嫌というほど分からされたもの)


 そもそも、もうあの三人のことは家族だと思っていない。

 何を言われても、地面の石ころが音を立てているだけだと思うようになった。


(今日も石ころがよく喚いていたわね。どうでも良いけど。そんなことより仕事! 仕事を探さなきゃ!)


 過去の事を振り返っている場合じゃない。この家が没落してしまう前に、どうにかして脱出しなきゃならないのだから。


「よーし! 仕事、見つけるぞ!」

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