罰欲センサー ~もう何処にもいかないで~

うすしお

もう何処にも行かないで

「なあ、まーくん……」

 目の前で布団から艶やかな白い肩を出す亜黒が、言いづらそうに切り出した。

「なに?」

 僕は亜黒の肌を体で感じていたくて、布団の中にある亜黒の体と自分の体を無意識に絡める。腕を回し、亜黒を軽く抱きしめる。亜黒はどこか恥ずかし気に、それでも嬉しそうに僕の背中へと腕を回す。

「ごめん……」

 それを聞いた途端、僕は腕を放してしまいそうになった。

 あまりにもその声色が、あの時の亜黒に似ていたからだ。

 秋色の部屋の空気は涼しく、僕達はお互いに体温を分かち合っていた。興奮の余韻がまだ冷めておらず、こうやって亜黒とベッドの上で過ごしている。

「あっちの俺は、まーくんに嘘を付いてたんだな」

「あっちの俺って」

 僕は即座に訊き返す。

「ずっと、言えなかった……。まーくん、俺のせいで、ずっと自分を傷つけてきたんだろ? あの男の子に、ずっと前に聞いたんだ」

 さっ、と、亜黒は僕の腕を撫でる。摩擦なんてほぼ無いに等しいその肌には、自傷行為の跡なんて一つも残っていない。

「それは……」

 もしかして亜黒は、あのことを言っているんじゃないか。

 あの男の子。それはきっと、ハイイロさんに違いない。

 そう分かったとき、身体全体が悪寒に包まれた。

「ごめん、あっくん……」

 僕はシーツの方へと、身体を傾ける。僕の全ての罪がなかったことになった世界で、僕のことを亜黒に教える。自由気ままなハイイロさんがやりそうなことだと思った。

 これから、どんな顔をして、亜黒と付き合っていけばいいのだろう。何を想って、亜黒を愛し、亜黒を抱けばいいのだろう。

「謝んなくていい。俺はまーくんのことを知っても、俺はお前が好きだ」

 亜黒の言葉に、僕は胸を締め付けられる。どれだけ、僕達の認識が歪んでいようと、どれだけ、この世界が歪んでいようと、どれだけ、僕の選択が歪んだものであろうと、僕はこの純粋な愛を選んだのだ。

 きっとその選択は、どれだけ自分がこれから穢れようと、どれだけ自分が過去に苛まれようと、どれだけ愚かであろうと、どれだけ誰かに不都合なものであろうと、それでも生きていくということに等しいのだ。

 それが、心臓めがけて包丁を突き刺した僕の覚悟なのだ。

 僕の生きるこの世界が、まるで誰かに作られた、スノードームのようなものであってもかまわない。僕が生きたいと思える現実が、そこにあるならば、僕はその現実を生きる。

 身勝手でも、愚かでも、そんなのどうだっていい。

 ここに、亜黒がいるのだから。

「うん、僕も、あっくんが好き」

 僕は亜黒の平たい胸に顔をうずめ、ただひたすらに泣きはらした。


 上半身を起こした亜黒は目を細めて僕の勉強机の方を見る。僕も同じ方へと体を振り向かせた。

「あの時の写真、飾ってあるんだな」

「今頃気づいたの?」

 勉強机には、僕達が中学生の時の修学旅行の写真が置かれている。

「最近百均で額縁買ったから。アルバムに収めるだけじゃ寂しいと思って」

 亜黒は裸のまま僕の上を跨ぎ、写真の入った額縁を持ち上げ、その場で胡坐をかいた。

 行為の後だというのに、亜黒のそういう無神経なところに、僕は興奮してしまいそうになる。僕は下半身の衝動を抑え、亜黒の写真を見ながら懐かしむ顔を見る。

「ほんとに楽しそうだな。俺」

 亜黒は小さく笑う。

「まーくんちょっと恥ずかしそうだし」

 亜黒はそう言って口角を上げる。

「う……。そういう楽しみ方するなら見ないで!」

 僕は頬を真っ赤にしながら腕を伸ばして、額縁を取り上げる。亜黒のちょっと突っ走っちゃうところは、今でも変わらない。

「あはは、ごめんごめん」

 亜黒は頭をポリポリ掻きながら、笑って謝る。こんなこと、あの時の亜黒はしなかっただろうなと、僕は思う。

 亜黒は腕を降ろして、言う。

「まあ、色々あるけどさ、思ってるより気楽に生きた方がいいよな」

 僕はふふっと笑って、応える。

「そうだね」

 僕達の人生は、まだこれから続いていく。

 だから、亜黒。

 僕は、白い歯を見せてにししと無邪気に笑う亜黒を見つめる。


 もう、何処にも行かないで。

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罰欲センサー ~もう何処にもいかないで~ うすしお @kop2omizu

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