第2話

 むかし。雷に打たれたことがある。天啓を得るとか、特殊能力に目覚めるとか、そういうことは一切なくて。全身をびりびりと走る電撃と、ありとあらゆる鋭敏な感覚の衝撃。それだけを心と身体が記憶してしまった。


 雷が鳴ると、動けなくなる。具体的で直接的な、死が待っている。理解ではなく、反射の領域。どうやっても止められない、感覚の暴走。ただただ、止まった世界のなかで脳だけがその瞬間を想像している。


 ひとりだけ。彼女だけが、気付いて助けてくれた。


 本当に、たまたまだった。動かなくなっている自分を見て、特に何か考えるでもなくキスをして。なんかこう、見よう見まねのマッサージ。蘇生動作というにはあまりにも適当な動き。しかし、それで自分は蘇生した。少なくとも、動けるようには。なった。


 生まれてはじめての、他者による救済だったので。彼女のことが普通に好きになった。


 とはいえ。自分自身、助けてもらったからすぐ好きと言えるほど、単純な思考回路ではない。彼女と少し一緒にいて、彼女を理解しようとした。


 彼女は、常に他者の感情や機微を理解して動いていた。すさまじいほどに、空気を読む。


 ばかだから、と自虐していたけど。彼女の持つ他者を理解する力は、自分の持つ、多少人より優れた思考回路なんかよりも、数段上のものだった。

 自分の思考回路は替えが利くけど。彼女がいなければ、自分は助からなかったのだと。替えが利かないのだと。見せつけられる感じだった。


 彼女が隣にいるときは、彼女の真似をして、彼女に気を遣ってみる。彼女を理解して、彼女に尽くしてみる。だいたい肩を揉むことになる。理由は分からないけど、彼女は肩凝り。

 そんな自分の、気を遣っている姿さえ。彼女は理解している。理解して、その上で、されるがままにしていた。肩揉みは上手くなった。


 彼女のことが好きになった。

 同時に。釣り合わないなとも、思う。

 彼女の持つ他者を理解し把握する力は、たぶん誰にでも使える。雷の度に動けなくなるような、そんな、ゲリラ雷雨多めのこの世の中で致命的な自分とは、天地の差があった。


 彼女は、今。

 塾だろうか。

 なにやら金を積まれて英才教育の紛い物を流し込まれているらしい。ちょっとかわいそう。彼女の持つ力は、そういう、俗世的なものとは噛み合いがわるいだろうに。それでも彼女は、まぁしかたがないとあきらめて塾に缶詰。きっと、育て主の要求を優先しているのだろう。彼女は、やさしい。


「あっ。やべ」


 視界に積乱雲をとらえた。もう遅い。対流圏界面ぎりぎりまで成長して垂直方向に伸びてきている。線状降水帯ができるレベルかもしれない。最近流行りのゲリラ雷雨。回避不可能の、致命的なやつ。


「終わったな」


 遠雷。それに合わせて、身体の硬直が始まる。ここまでか。道の真ん中。そろそろ、呼吸も止まり始める。終わりの始まり。


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