獅子之剣の篇
牡丹派本部の食堂での出来事だ。
「隊長殿!」
と、ぼくの背中に声を投げかけてきたのはアーサーだった。彼とは食堂で結構な確率で一緒になる。
「どうしたんだい?」
「つい見かけてしまったもので、少々話をしようかと思ってな」
「話ですか、構いませんよ」
話か、一体どんな話をしようというのだ。修行のアドバイスが欲しいということだとしても今のぼくが教えることは少しも無い。話とはなんだ?
ぼくとアーサーは席に座った。またもふたりしかいない食堂だ。
「隊長殿は誰かと一緒に食事をしないのか?」
「まあ、今はそうですね。牡丹派に来る前は夜禅部隊の友達と食事をしていましたよ」
「あぁ……悪かった」
なぜかぼくは謝られた。確かに今となっては食事をする友達はこの世に存在しない。それを訊いてはいけない悪い事だと彼は思ったのだろう。
「謝ることなんてありません。ぼくがわざと昼食の時間をずらしているだけですよ」
「なんだ、人混みは嫌いか?」
「一応夜禅部隊の隊長なので、嫌でも視線が集まります。それに悪い噂話とかも耳に入ってしまうので……まぁぼくはひとりが好きなんです」
実のところ一緒に食事をする友達がいないだけのこと。悲しきかな人生、いやいや、友達がいないくらいでぼくは落ち込んだりしませんよ。友達の友達は他人と言いますし、友達のいないぼくは便利屋とも言えますからね。ああ、ほんと友達の作り方って難しいなぁ。
「そうか、隊長殿って友達いなさそうだもんな」
唐突になんて失礼なことを言うんだ――図星だけど。
「そう言うアーサーも友達とかいないんじゃないかい?」
「おれは一匹狼ならぬ一匹獅子なのですよ。ということで獅子の子は千尋の谷でひとり修行に明け暮れるんだ。あ、獅子の子ってのはおれのことな」
「まるでどこかの『剣物語』だね」
「剣物語……」
と、アーサーは怪訝な顔でぼくを見てきた。
「
「これは驚いた。それは士師の家柄に子々孫々と伝わる書紀記……なのにどうして隊長殿がその題名を知っておられるのですかな?」
「空白の書紀記が好きだからだよ」なんて理由じゃアーサーは納得してくれないだろう。しかし知っている理由なんてぼくにも説明できない。この意識の覚醒からぼくは書紀記を知っていたのだから、知っている理由の説明はぼくに出来ないんだ。
「…………なるほど、やはり隊長殿は挑戦者体質ですな」
と考えるような仕草をするアーサー。その彼の瞳にはぼくが映し出されているのだろう。
「挑戦せねば変わるものも変わりますまい」
「この時代に努力をするのはアイリスだけだと思っていたんだけどな」
アイリス? まさかアーサーの口から彼女の名前が出てくるなんてぼくは思わなかった。
「アーサーはアイリスとどんな関係なの?」
「アイリスとは腐れ縁だ。おれだけじゃなくヴィザルもジュノも七道巫の一族みんなあの女の挑戦に興味を持ったただの腐れ縁」でもな、とアーサーは続けて「あれは挑戦とは言わない――あれは挑戦ではなく神を殺すやら
それは救われる物語なのか、救われない物語なのか分からないな。
「アイリスとは友達なの?」
「友達だった、という過去形だ。今では誰もアイリスに近寄らねぇからな」
そっか、アイリスはひとりでいるのか。ひとりで挑戦してきたのか。
「彼女をひとりにさせておく選択が最適解なのか……」ぼくは訊く。
「おれには何もできねぇ。アイリスの挑戦に協力したところで、おれは己に挑戦することで手いっぱいだ。誰かに関われるほど余裕がねぇんだ。鉱物の本質を知る家柄に生まれておきながら結晶に愛されなかったおれには何もできねぇ。親父もそうだったように、宗家は足手纏いだ」
アーサーは血の呪いに苦しんでいる。集奏の一族は代々
創世代から続く血筋ゆえに、鉱物との調和を出来なくなったとなれば、御家はその子をいない子として扱う。だが長男となれば話は変わってくるのだろう。
彼は次代の器だ、ここで枯れさせる訳にはいかない。血の呪いなんかに負けるな。
「それでは芽生えるものも芽生えぬのではありませんか? ひとりよりもふたりで温めた方が日種は芽吹くものです」
「日種? 難しい言い回しを使わないでくれ、おれは集奏の一族の落ちこぼれなんだよ。谷底から這い上がれない獅子とはおれのことだ」
と、両手を上げるアーサーは獅子の面構えとは言えない表情をしていた。
「そこまで卑屈になることはない。前にも言った通り、あなたは誇り高いシシだ」
「イノシシ狩りで死ぬかもしれない獅子とはおれのことだよ」
「死なせませんよ、今回のぼくは隊員を死なせない」
「ほほー、頼もしいですな。もし、誰も死ななかったらアイリスの手伝いをしてやるよ。そのために長靴と袋を探していたからな」
長靴と袋? もしかして《長靴を履いた猫》か?
「いいだろう。君には期待しているよ、アーサー」
日種とはいったい何なのだろうか。己で言っておいて、その意味すらこの時のぼくは知らなかった。
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