修行・組手

 人体の話。ヒトは小さな王国だ。ヒトとヒト、個人と個人の争いは小さな国の小さな民の争いだ。己の裡に住まう民は怒り狂い、他国の小人を根絶やしにしようとする。


「五感だけ使っていてはいずれ夜禅で死ぬよ。己の勘を信じろ、一秒以内に呼吸を整えろ」


 と、ぼくはアーサーとヴィザルとジュノに夜禅の生き方と五属舞を教えていた。


「ははっ……そんなこと言われても、鍛錬で死んじまうよ」「もう無理だよ」「ああ、死ぬ」


 そうですよね、分かります。しかしその言葉が出るということはまだまだ死なないし疲れていない。


「基本の舞を習得するまでは誰だって死にそうになります。次に技を習得するために地獄を見ます。そして型の習得で…………まぁ、どうにかなります。呼吸をカラダに染みつかせれば自然と舞を使えるようになる」


 うん、型だけは未だに分からない。頭の中がどうにかなっているぼくがいるから、型の習得はそのうちどうにかなるのだろう。ごめんなさい、隊長なのにテキトーなことを言ってます。


「ん? それって技を習得する時に死んでない? 完全に地獄に落ちてね?」「地獄はお断りだよ」「隊長、おれはまだ地獄に落ちたくねぇよ」


 技の習得は、たぶん死んだ方がマシと思うだろう。鍛錬とはそういうものだ、簡単に強くなれるなんて思わない方がいい。


「死にたくないなら立て、再生時代は夜禅なくして維持できない。実力を認められた中でも、けものや十二支と戦えるのは夜禅部隊だけなんだ」


 強さや弱さ、どちらも生きるのには大切なものだ。


「一対一でけものとやり合う奴の言うことは怖いねぇ、あんた何族だ? そもそもヒトか? もしかして戌渡いぬわたり何とか様の子孫か?」「宇宙人族だ」「いや、野蛮人族だろ」


「宇宙人でも野蛮人でもない、ぼくは萬葉人族アケハだ――そして、冗談でヒトを悪く言うならもう少し優しい悪口にしてください、と言うより本人に伝わらないように言っていただきたい」


 ぼくに慣れてきたからと言ってこの三人は失礼すぎる、だから罰を与えてやろう。


「さあ、休憩は終わりだ」


「鬼! 悪魔!」「スパルタにも限度があるよ」「こりゃあ地獄の方がマシだな」


「この程度で音を上げてもらっては困る。ほら、巫も見ているのだから少しはかっこいいところを見せてみなよ」


「巫なんざに興味はないね」「同じく」「おれにはニケがいるからな」


「三人相手でいいよ。蓮華之組手を教えてやる」


 とぼくが言えば、三人はかかってきた。


「オラ!」「はあっ!」「うりゃ!」


 ぼくは三人の攻撃を躱す、躱して躱してと、三人の隙がうまれる度にぼくは攻撃を当てた。


 彼らの呼吸はまだまだ甘い。


「相手に予測される呼吸法では確実に死ぬ。舞を使う段階では、複雑怪奇な呼吸法を習得していることが条件だ。組手でぼくに攻撃を当ててみろ」


「当たりにこいや! てかペラペラと喋ってると舌噛むぜ!」「当たれ!」「死ねぇ!」


 死ね? 気合を入れるとはいえ、そのかけ声は酷くないか。と、ぼくはジュノをボコる。


「――ごはっ」ジュノのお腹にぼくのこぶしが入る。


 次に右の頬、次に左の頬、ぼくはジュノを集中的に狙う。


「組手は基本だ。各隊の隊長は皆自分なりの組手を憶えている。ぼくとの組手が終わったら、他の隊長と組手してみるといい。そこで一つ、ぼくの組手のメリットを教えてやろう」ぼくは人差し指を立てて「蓮華之組手はしっかりした五属の呼吸法を使えれば無限に殴り合える。デメリットとしては攻撃力に欠ける点だ」


 組手をしながらアドバイスを言う。


「――だからこそぼくの組手にはギアの切り替えがある。呼吸を一秒で整え、炎の呼吸から水の呼吸に切り替え、さらに風、雷、土そして炎に戻る。そんな感じで円環を作り、切り替えることで疲れない状態を作り上げる。今から教える組手は攻撃特化の組手だ……躱してみろ」


「蓮華之組手・百式」


 加速、相手の防御力を凌駕する破壊力、一つ一つの打撃に全力を。


「――うぐっ」「――かはっ」「――うぇ」


 三人はぼくの攻撃を受けて吹っ飛んだ。人工のゴムの木にぶつかって跳ね返ってくる。


「躱せずとも攻撃を受け流せるはずだ。でも君たちにはまだそれが出来ない」


 君たちが出来ないことをなぜぼくが知っているのか? ぼくは訊くが、三人とも気絶していて話せる状況ではない。


「少し強く打ち込みすぎたかな……」


 さあ、次は女性隊員の君たちに呼吸を教える番だ。と、ぼくは三人の意識が戻るまで女性隊員と組手を取ることにした。

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