約束

 時が経ち、ぼくはアイリスに会えると思い、彼女の秘密基地へとやってきた。


 彼女は花壇の前でかがんでいた。枯れてしまった苗をずっと見ていた。


 日の光があっても、土壌微生物が豊富であっても、土に窒素やリン酸やカリウム、マグネシウムやカルシウムが含まれていても、現世界で作物は育たない。種を植えても発芽せず、苗を植えれば次の日には枯れてしまう。現世界の土地は死んでいるんだ。


 彼女も無駄なことだと分かっているのだろう。現世界で作物を育てるということが時間の無駄で、理想郷の土を持ってきても無駄で、無駄ばかりが積み重なった地層になっていると。でも、それでもやらなくてはならない。


「最初は順調に育っていたんだけど、また枯れちゃったの。せっかくあなたに手伝ってもらったのに、無駄にしちゃった」


 それでも進歩している。次の日に枯れてしまう苗がこんなに長く枯れずにいたんだ。


「また植えるのを手伝うよ」


 ぼくの言葉にアイリスは頷きもしてくれなかった。


「理想郷の苗を接いで持ってきても、理想郷の土を持ってきても、こちらの土地で育とうとする植物は枯れてしまう。先代の方々が試したことを何回も繰り返したし、品種改良も試みたの。でも結局はいつも枯れてしまう」


 進歩がなくても続ける、失敗を繰り返しても挫折しない。


 彼女はぼくと真逆だ。成長してないような己に苛立ち、失敗を繰り返しては職場を転々として、ヒトの意志を継ぐよりも己の意志ばかり突っ走っているぼくと何もかも違う。


「諦められないんだよ」と、アイリスはまた新しい若苗を土へと定植した。


 その姿は健気だ。無力な己を奮い立たせ、現在はこれでも未来は明るいと信じているんだ。


「諦められないんだ。わたしの一族が諦めたら継いできた意志が途絶えてしまうの」


「『生きている種は水と酸素と温度で芽が出る。日種は、石のように固い殻だから 条件が揃っていてもなかなか芽が出ない。全てが生きていなければならない』と、ぼくの一族はその禁止を語り継いできました」


 この女子が次代の種ならば、ぼくは天地を照らさなければならない……いいや、アイリスは土地という土台なのだろう。そうだとしたら巫が支えてやらなければならない。


 七道巫を集めよう。そう決めたぼくは、


「次は種から育ててみようよ」アイリスに提案してみたのだ。


「わたしたちが土へ還っても発芽しないかもよ?」


「挑戦してみよう」


「でも、わたしが試している種たちは、腐ってしまったものもあれば不変のものもある」


「それでもやろう。現世界は発芽の条件を満たしているんだ、足りないのは諦めない精神と生命とその他諸々。現世界の土地が枯れていても、ぼくたちは生きていなければならないんだ」


「うん、あなたの言う通り。わたしたちが枯れたら終わりだね」


 ぼくと彼女……いいや、それだけの登場人物では>>ものがたり<<なんて成り立たない。


 この時、ぼくとアイリスは約束をしたんだ。小指と小指を繋いで、一本の糸を絡めるように。


 世界を優しく包める苗を創るために。

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