十番隊女性隊員ミツハの場合
<log>女性隊員ミツハの場合
「ミツハお嬢様に会いたい? あんた男でしょ、お嬢様があなたみたいな……あなたもしかして夜禅部隊の隊長だったりする?」
「ええ、一応というか、十番隊の隊長を任せられております」
ぼくは門の前でふたりの
人魚と言っても、
「へー、あんたみたいなモヤシっ子が隊長ねぇ」
「通ってもいいけど、ここから先は竜宮城だよ。女しかいない場所に男が入るってなると、それ相応の対価を支払ってもらう」
対価? お金か?
「いくら払えばいいのでしょうか……」
「あんた男でしょ、わたしは女なの、一晩でいいから遊ばない? 大人の遊びってやつ」
男と女? 一晩の遊び? 大人の遊び? その遊びとはいったいなんだ……賭けか?
「ぼくは遊びに来たのではありません、ミツハと話にきたのです。それが出来ないなら諦めて帰ります」
ポケーとする女門番。ぼくは何か悪い事を言ったのだろうか?
「あらま、振られちゃったわ」
「ふふっ面白い男ね。女人魚と遊びたくないなんて変わり者じゃない。あんた
「二十歳です」
「ほほーん、まだまだお盛りの年齢じゃない。それで本当にミツハお嬢様と話すだけ?」
この女人魚たちはいったい何の話をしているんだ……話すだけではダメなのか? じゃあやっぱりお金を払わないと会えないのか?
「あの、会って話せないのであれば電話などで話せないでしょうか?」
「ふふっ、通りたきゃ通って行けばいい」
え? 一体どういう風の吹き回しだ。
「あの一番デカい建物にミツハお嬢様はいるよ」
「通っていいんですか?」
「門番のわたしたちが通してやるって言ってるんだからいいんだよ」
と女子に言われては仕方ない。帰るわけにもいかないし、さっさと話して帰ろう。
「ミツハお嬢様! 男が来ましたよ! 男です! 十番隊隊長の男が来ましたよ! 男です!」
ああ大変だ大変だ、と大声で扉に話しかけるのは侍女だろうか。男を強調して言うのはここが男子禁制の場所だからだろう。
扉が開けば、ミツハが座っていた。ミツハ・リル、渚の一族の巫だ。キレイな着物を着ている彼女はまさに女人魚のお姫様だ。
ぼくがお辞儀をすれば扉が閉まった。ふたりきりの空間の完成だ。
「隊長さん、どうぞ座ってください」
ミツハに言われて座布団に座るぼくは、
「あの、ぼくの名前はヒュラスと申します」
「そう、それでお話というのは?」
「夜禅についてです」
「そう、夜禅でしたか……」
と、緊張がほぐれたのかミツハはだらりと姿勢を崩した。
「正直言うと、わたしは夜禅の話ではないことを期待していました」
ミツハが夜禅嫌いというのは行動からして分かっている。しかし嫌いを理由にできないセカイ、嫌いでもいつかは隊長たちを超えていってもらわねばならない。
「夜禅の話で申し訳ない」
「いえ、夜禅の話の方が緊張しないで良かったかな……なんて思っていたりします」
「そうでしたか」
「ええ、そんな感じです」
『…………』と、ふたりして沈黙してしまった。
なんて重苦しい雰囲気なんだ。これではお通夜ではないか、どうしよう。
そうだ!
「渚の一族は海の声を聴けると聞きます。あなたが生まれてから海はどんな声を上げていますか……」
「わたしが生まれてからこのかた、聴いた海の声は叫びだけです。その叫びというのは、ツラく苦しいような叫びでして、英雄を求めるような、救いを求めるような叫びです」
海は汚染されている。聖戦の時代に溶けだした黒白の鉄が原因で海は死んでいるも同然。海が救いを求めたとしてもどうすることもできない。
「ぼくの知っている海物語にはこう記されています――『命の泉は今もどこかで湧き出している』と、その命の泉が黒白の鉄を綺麗に洗い流すと記されておりました」
「海物語の最終章で海だけでなくセカイは浄化される、その海物語は空白の一ページを埋めるに相応しいものですが、外伝となっております」
「知っていましたか」
「もちろんです、わたしは渚の一族ですから」
「夜禅書の最終章でも穢れが洗い流されると書かれています。もしかしたらあなたの一族が命の泉を守っているなんて……そんなことはありませんよね。ごめんなさい、話が飛びました」
「いえ、空想時代の物語を知っている方が巫と士師の他にいることに驚いています」
ぼくは物語が好きだ。謎に包まれた物語にはヒントが隠されている。夜禅の物語にも海の物語にもこのセカイの謎を解くヒントがある。ぼくはそう信じている。
「夜禅、わたしも隊長と一緒に頑張ってみようかなと……そんな感じです」とミツハ。
「生きていれば、必ずいい事がありますよ。共に生き抜きましょう」
「はい!」
ミツハは純粋だ。ぼくなんかの言葉を真剣に受け止めてくれている。
ぼくも頑張らなくちゃ。
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