十番隊女性隊員ベルの場合
<log>女性隊員ベルの場合
「ほいほい、あ、そこの本取って」
ぼくはベルに本を渡した。
ベルは図書館にいた。アーカイブを使って三次元出力されたイメージを見ればいいのに、どうしてベルは本にこだわるんだろう?
「ベルは勉強熱心なんだね」
「言われてみれば勉強なのかも、昔ある人に『己で練り上げたモノは金塊よりも高価なものとなる、だから諦めないように日々精進しなければならない』って言われて、日々空白の歴史を追っている。どこかで矛盾があるんじゃやないかって、ずっと考えているの。まあ、一番は歴史が大好きってことかな」
「熱血だったんだねそのある人は」
「ファウストって言ってたかな? 名前」
「それは奇遇ですね、ぼくの名前もファウストです」
と、ぼくはベルと握手をした。いつも通り偽名を使っている。
「仕事では名前を呼んでほしくないんだったっけ? 他の巫から聞いた話だけど」
「あ、ええ、まあできれば隊長と呼んでいただきたい」
「じゃあ隊長、この本持ってて」
ベルにそう言われたのでぼくは本を抱えた。
「歴史書ですか。年代記――神世ノ神威・穢れし
ほうほう、これは聖戦の時代の歴史だな。
「隊長は歴史好き?」
「好きだよ。《古事記》《日本書紀》《万葉集》」
「あははははっ、それって空想時代の歴史と歌集でしょ。一番古い解けない問題だよ」
「そんな古くはないよ。天地創造の前から、君たち七道巫の一族が生まれていたし士師たちも生まれていた。現時点で全世界最古の本っていうのは、創世代冥王紀の《猿蟹合戦》ですよね」
「ほほー正解。それを知っているということは、ファウストさんも空白の歴史を探しているのですかな?」
「うん、そんなところだよ」
この女子も結構話しやすい。趣味が似ているのか、会話が全くと言っていいほど途切れない。
彼女、ベル・シビュラは刻暦の一族の天才歴史家だ。
「このセカイは法則に縛られている。わたしは、その法則を破れるのは空白の一族だけだと思っているの」
「空白の一族……」
「うん、夜禅の開祖。戌渡八房の話を歴史書で目にしてから、戌渡八房のさらに上の世代には姉妹がいたって。その姉妹の片方が戌渡八房の母親で、もう片方が空白の一族の血を色濃く引いているんだと思う」
「夜禅の開祖の先代ですか」なんだか難しい話だ。
「わたし夜禅は嫌い。夜禅の仕事をやるくらいなら歴史書で真実を見つけたいって思っている。まぁ歴史書に記されていないからどう考えても空白なんだけどね」
空白でもベルは諦めていないんだろう。その証拠に今でも歴史の矛盾点を探している。誰にも解けない空白の歴史をひとりで解こうとしている。
「諦めない限り、日の出は近いと思います」とぼく。
「隊長は夜禅でのわたしの行動を見て話してみるべきだって思ったんでしょ? だから今この場所でわたしと会話している」
その通りだ。ベルがなぜ夜禅で動けないのか訊きたかった。
「誰かを守るのは難しいことです。見えないところで苦しんでいる人々がいる、夜禅はそんな人々を守る仕事です」
「頑張るしかないんだよね。夜禅部隊しかけものと戦えないもんね。よし! わたし決めた、空白の歴史は一度忘れて、夜禅で活躍して見せる!」
「夜禅半分、趣味半分でもいいのでは?」
「あ、そうだよね。趣味も無くちゃ生きていてツラいよね」
と、そんな感じでベルはぼくと趣味の合う女子だった。
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