十番隊女性隊員サティヤの場合
<log>女性隊員サティヤの場合
「あの、話だけでもさせてもらえませんか……」
と、門番に言ったところで、
「うーん、十番隊隊長と言えどサンサーラの御家の御令嬢と密会なれば…………申し訳ない」
ですよね、ダメか。アイリスの言う通り話しづらい、というより話させてもらえないか。
「そうですか、分かりました」
「話をしてもよいぞ」
踵を返そうとするぼくに言ってきたのはサンサーラの御家の現当主殿だった。
「え、本当ですか……」
「ええ、もちろん。相手が十番隊長ならば信用できます」
どうぞ中へ。と、ぼくはサティヤの部屋まで案内された。
「それでは良き縁談を」
縁談? うん、きっと聞き間違いだろう。
「失礼します」ぼくは一呼吸置いて襖を引いた。
部屋の中央には飯台、そして座布団の上に人形のように座っているのはサティヤだった。上質な着物を着飾った彼女はまさに人形のように可愛らしい。
「ぼくの名前は、イカルスです」
「そうですか――それで、わたしとお話がしたいだとか……どんなお話でしょうか」
「夜禅での話です」
「夜禅……そうですか、夜禅の話ですか。まったく、お母様ったら」
何があったか分からないが、サティヤはご立腹のようだ。
「わたしの語りを聴きたいなら、代わりにあなたの弱点を教えてください」
「弱点……そうですねぇ」
ぼくは困った。弱点とは短所のことだろうか。
「一番の弱点です」とサティヤ。
「一番の弱点であれば――頭が悪いことです」
「どのように頭が悪いのですか?」
「考え無しに発言したり行動をするところですかね……」
長所や短所を考えたことなんて今までになかった。大昔なら面接なるものがあって、長所を訊かれることがあったらしいけど、今となっては実力がものを言う。
この場で考えてみると、己というのはどれだけの短所で出来ているのか分からなくなった。
「考え無し、言動の自由、そうですか。夜禅の十番隊隊長があなたで良かったです」
「よろしくねサティヤ」
「挨拶はいいとして隊長さん、ここは巫の御家の中でも、わたしの母以外が入ることの出来ない秘密の花園にございます」
え、それじゃあぼくは巫の御家の、しかも深淵とも言える次代の巫の室内に入ってしまったということか。ヤバい、これは密会だ。関係者以外の人物に遭遇してしまった場合ぼくはサンサーラの御家の婿として御呼ばれする羽目になる。
ぼくは自然と汗が出た――いいや、この汗は誘発させられて出たものだ。
「というのは冗談です」
冗談ですか、それなら一安心だ。サティヤが冗談も言える可愛らしい女子でよかった。
と、お茶を一口頂いて、
「あの、夜禅はどうでしたか……」とぼくは訊く。
「夜禅について特に言うことは無いんです。ただ……死ぬのが怖いと思ったんです。輪廻の一族の生まれなのに、死ぬことが怖いと肌で感じてしまった」
輪廻の一族。彼女、サティヤ・サンサーラの御家は死ぬことで転生できると言われている御家だ。それ故に死ぬことを誇りに思っている。
本当に転生できるか分からないのに、彼女の御家は信じることを強制している。
「大丈夫、十番隊は隊長のぼくが守るので、好きに動いていいです」
「そっか、またわたしは守られるのか」
また? とな。昔守った覚えはないのだけど。
「修行を付けますから自分の身は自分で守れるようになりますよ」
「じゅあ、わたしを守ってね、隊長さん」
「ええ、必ず……」
必ずや守って見せましょう。と、心の中で言った。
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