天地
「と、まずはその三人と少し話をしました」
牡丹派本部のゴム森林地帯でアイリスとぼくは会った。ここは彼女の秘密基地と言うことで男子も女子も禁制の場所だそうだ。ぼくたちも立ち入り禁止だけど、女子に会うためなら禁忌を犯しても会う――それが御袋殿との約束だ。
「ルーナとアーサーとヘレーラ。その三人は話しやすい子だよ」
と言う彼女は花壇にきゅうりの苗を定植していた。
「なかなかに癖のあるヒトたちでしたが、打ち解けたのだと思います」
「うん、やっぱりあなたは日の光だね」
「そしてこれは次代の若苗だよ」とアイリスは加えてから、ぼくに野菜の苗を見せてきた。
現世界の土で野菜を育てようとしている彼女……現世界で生きていられる植物なんて五本の大樹くらいなのに、どうして運命に抗うのかぼくには分からない。
けれど、運命に抗わなければセカイを変えられないのだと、ぼくは思った。
「植えるのを手伝うよ」
「ううん、いいの。どうせ枯れちゃうから」
「ぼくが手伝いたいんだ、ダメかな……」
言うと、アイリスは微笑みながら苗の植えられているポットを手渡ししてくれた。
「この苗はナスだよね」
「うん、ナスだよ。一富士二鷹三茄子」
「縁起がいいね」
このたわいのない会話も心地良い。ぼくの裡の腐ったこころが浄化されていくようだ。
「『現世界には害虫も害獣もいない、植物が病気になる菌類もいない』ってさ、大昔のヒトに言ったらどういう反応するのかな……」
「『病害虫の対策しなくていいの? ラクそうで良いね、しかしやっぱり一番厄介な戦いは
「あはははっ、あなたの言う通りだね。肥沃な土を作り、自由すぎる空模様に苦悩する。肥料が流れてしまう土も肥料が効き過ぎてしまう土も、雨の多い土地も雨の少ない土地も、セカイは自由で苦悩に満ちている」
「でも……ここにはその苦悩が無い。ヒト以外の種の繁栄を許さない」とアイリスは加えた。
そしてアイリスは定植した苗を指差して、
「音が聞こえるでしょ?」
「うん、小さいけど聞こえるよ」
何の楽器の音か分からないけど、育とう育とう届け届けと、太陽を目指そうとしている植物のように……いいや、これだけ小さい音ということはまだ種なのだろう。
「ねぇ、歌が聞こえるでしょ?」
「うん、これもまた小さくてぼそぼそと歌っている感じだね」
何を歌っているのか分からないけれど、ぼくには確かに歌が聞こえていた。
彼女との出会いは赤い糸の悪戯か、それとも抗えぬ運命なのか。何度も繰り返し歩いたような道だが、今回の道には花が咲いている気がした。
「あなたのことは聞いているの。味方がけものに殺されるとすぐにその職場を辞めるんだよね。己の行動で死者を出してしまった、これはぼくの失敗だって悩んで、何も言わずに去る」
ぼくのことを知っているのか……なら話は早い。
「うん、あなたの言う通りです。ぼくは<僕>から逃げているんです」
「わたしも<私>から逃げている」
この時、ぼくと彼女は数奇な運命に抗うことを決めた。
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