十番隊女性隊員ヘレーラの場合

<log>//十番隊の女性隊員ヘレーラの場合


「お話? 別にいいよ、わたしっておしゃべり大好きだから」


「ヴィクターと名乗っておきます」


「あ、自己紹介からしよっか――えーと、わたしはヘレーラよろしく! 好きなことはおしゃべりと植物の観察とおにぎりと理想郷の森林地帯と――まぁ大半は好きかな」


 おやおや、好きなものが沢山あるようで羨ましい限りです。


紅藍くれのあいの一族共々お元気でいらっしゃいますか?」


「元気なんてものじゃないよ、わたしのおばあちゃんなんて元気過ぎて困っちゃうよ。ところどころボケるけど、理想郷が天気の良い日なんて一日中草むしりしていたり野菜を収穫したりで、まだまだ夜禅現役って感じだよ」


 それは良かった。おばあちゃんか、二十歳になったぼくに嫁様をもらえと口うるさくなったな。最近会ってないけど元気かな。


「そうでしたか、では我が一族も負けていられませんね」


「まあまあ、そんな畏まらなくてもいいって。身分やらなんやらの設定ってわたしテキトーに覚えるタイプだからさー。あ、そうそう、隊長は何か好きなことないの?」


「好きなことですか……特にありませんね」


「ええ、嘘だぁ。好きなことって生きていくうえで最も重要な要素でしょ。好きなことがなくちゃ生きていてツラいでしょ」


 好きなもの……それが己の生き甲斐になるのか。うーん、生きてゆくうえで、となると己の命が好きなものなのか。生きてゆく、衣食住。


「そうですねぇ、おにぎりは好きです」


「わたしも大好き。あとスイーツとか甘いの大好き、食べるのって幸せだよね」


 大好きと言いながらヘレーラは顔をぼくに寄せてきた。そんなに積極的に来られると、ぼくの中で何かを勘違いをしてしまいそうだ。親父殿、少しだけ力を貸してくださいな。


「あの、夜禅の話になるんだけど」


「ああ、話したいことって夜禅か」


 ヘレーラはつまらなそうな顔をした。そんなに夜禅の話はつまらないか、そうですよね、分かります。夜禅ってやりがいありますが、生き甲斐にはなりませんよね。


「ヘレーラは夜禅が嫌いですよね」


「うん嫌い、大嫌い。でも、強く生まれたから逃げてもいられないって、分かっているの」


「ぼくも夜禅は大嫌いです。いのちを弄ぶような仕事はもうこりごりです、けれど、現世界のいのちを救うことは誇り高いとも学びました」


 誰かを救うことは己を犠牲にすること、誰かの幸せを作るのは己を犠牲にすること。自己犠牲は美徳だと教えを受けてきたけれど、自分を救うことも幸せにすることも自己犠牲だと知った。結局、己を犠牲にすることは自分も他人も救うことに繋がっている。


「ヴィクターはさ、自分の大切なものが燃やされる夢を見たことある……」


「夢……夢ならよかったのにって思うくらい熟睡だよ」


「そっか、わたしってあんまり寝れないんだよね、不眠症って言うよりも何とか睡眠っていうのが多いのか、まぁ、寝ても寝た気がしない感じなんだよね」


 と、ヘレーラは芝生に寝転がって、


「夢での話だけど、わたしが好きなものは青い炎に焼かれてた」


「青い……」青、何か思い出せそうなのにダメだ。


 思い出せない物語は思い出さない方がいいということか。


「大自然の景色が青い炎で燃やされているの。いつもいつも同じ夢で、最後に誰かの血を啜って終わる夢。最低な気分で朝を迎えるの」


「あなたの種族にとっては最低な夢ですね」


「でしょ。脳が勝手に見せている最低な夢なのに、現実感が最高潮な最低な夢」


 それは正夢なのか逆夢なのか……先のことはどうなるか分からない。


「夜禅もただの夢だったらいいのにな」とヘレーラ大きく息を吐いた。


「けものは怖いですよね」


「怖いもの知らずの一族――その中でもフュシスの御家って不死で有名だからさ、けものを見ても怖くないだろうって思っていたけど、あんな戦い見せられたらけものって怖いんだなって、カラダ全体で知るしかなかった」


「大丈夫、あなたの背中は隊長のぼくが守りますよ」


 ぼくが真剣に言うと、ヘレーラはなぜか失笑した。


 ぼくは何か変なことを言ったのか……分からない、隊長として普通のことを言ったはずだ。


 と、ヘレーラは笑い転げてから、ぼくの耳元で、


「女垂らし」


 そう言ってヘレーラは駆け足でどこかに行ってしまった。


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