十番隊男性隊員アーサーの場合

<log>//十番隊の男性隊員アーサーの場合


 これは食堂でのことだ。


「ここで会ったが英雄殿!」


 とぼくの肩を叩くのは、十番隊の隊員の……度胸だけ小動物のような男子、言い訳ばかりする男子だ。というか百年目じゃなくて英雄? 何故英雄なのだ。


「ぼくは英雄と呼ばれるほど大した者ではありません」


「おいおい謙遜すなんよ、おれはお前を尊敬してるんだぞ。なんたって昨日の夜禅で、けものが果実フォルスを食おうとする隙も与えなかっただろ。他の隊長も凄いけど、おれにはお前の凄さが見えたぜ」


 夜禅の時とは違い随分と馴れ馴れしき男子だ。そういえばこの男子は腰を抜かしているだけだった、でもそっちのほうが凄いと思う。このヒトがあの戦場で生きていられるなんて思わなかった。隠れていたとしても、あのけものに察知されないなんて……その振る舞いまさに獅子の狩りだ。


「あなたの方が何倍も凄いです。初めてけものを見たとは思えない行動だ、実力の差が分かるということは戦い成れしている証拠です。まだまだ学ぶことが多いので、これからもいのちを大事にしてください」

「ああ……違うよ、おれは自分と闘うことで精一杯なんだ」


 そっか、牡丹派には強いヒトたちばかりがいる。夜禅に選ばれるだけの実力があるのに、自分の実力に不安があるんだ。


『いつ死のうと構わない』そんな風に戦うぼくとは違う。己と闘う者か……隊員の子たちにも学ばせてもらうことが山ほどあるようだ。これが生命の大樹を守護する一族のこころか。


「と隊長殿、話を変えさせていただきまして――その刀、かなりの業物とお見受けする」


「いえ、この刀を打った鍛冶師は鈍らだと言ってました」


「刀の名はなんと?」


「名はありません。『すぐに折れるような刀に名は付けない』と鍛冶師は言っておりましたので」


「それは刀が可哀想だ……よかったら刀身を見せてくれませんかな?」


 とアーサーに言われたのでぼくはおとなしく刀を渡した。見たところで分かるのか?


「ふむ……確かにこの刀に名は宿っていない。どちらかと言うと御守りのような役割だ」


「御守り?」


「持っているだけで縁起物。しかし刀を抜かずにけものとやり合うということは、隊長殿自体が縁起物……ということで拝ませていただこう」


 ぼく自体が縁起物か、それは随分と縁起が悪いな。


「ところで隊長さん、いや英雄さん、お名前は何とおっしゃるので?」


「この刀同様に名はありません。あったとしても簡単に名乗ってはならぬと教えを受けておりますので」

少し待ってくれ、急なことで偽名をまだ考えていないんだ。うーん、太郎いや、小次郎、いや違うな。


「冷たい奴だなぁ、もしかしてあれか? 『我が名を知りたいならそなたが名乗れ』ってやつか? それ現代ではかなり古臭いぞ。ということで、おれの名はアーサーだ」


 古臭いと言うくせに名乗ってくれるのか、なら未来のために教えてやるとしよう。


「ユーサーだ」もちろん偽名で教えてやろう。


 本当はレンカって大した名前があるけど、ぼくの名前なんかそのうち噂で広まる、そして派閥のみんなは真偽の判断すらできないままぼくの名前を受け入れてくれる。だから偽名を使うことで罪悪感は湧かない。こんな時、普通の思考なら相手に悪いことをしていると悩んだり考えたりするのだろうか。


「ユーサーか、変わった名前だな」


 変わっているのか。ぼくは気に入っているけど、なるほど、どうやらアーサーとは馬が合わないようだ。


「まあ、なんだかお前とは馬が合いそうだな、ユーサー」


「うん、そうだね。しかし仕事の時は隊長と呼んでくれ、君の言う通り変わった名前だからあまり呼ばれたくないんだ」


「かしこまりましたよ隊長殿、というかおれのこと知らないのか? かなり有名な集奏の一族の出なんだけど……まぁ花ノ國で有名という話で、おれは出来損ないだから知らなくても当たり前か」


 集奏の一族、ということは鉱物を使う種族の生まれか。話には聞いている、己のこころを鉱物にして生成する結晶の一族。そして何より凄いのは、理想石のエネルギー放出量の限界を超えさせる技を持っている。一メガを一テラにするような凄い一族だ。


「あなたは出来損ないではありません――誇り高き獅子だ」


 あなたが出来損ないならばぼくは生まれて来たことが間違っている。夜禅では犠牲者を出すばかりで親父殿や御袋殿のように立ち回ることが出来ていないし、隊長として皆のことを理解しようとしていない。何よりもいのちを預かる立場なのに、己がいのちを低く見ている。全てのいのちは尊いものとして見なければいけないのに……そうだ、ぼくこそが一族の恥曝しだ。


「ははっ、なんだか照れるな、その褒め言葉って結晶人族おれの種族だと最上級の褒め言葉なんだぞ」


「ぼくは褒めていないよ、当たり前のことを言ったんだ」


「……ははっ、おれの誇りは埃を被ったままだが、そう言われると気分が晴れる」


 そっか、アーサーは自信がないんだ。落ちるところまで落ちた獅子。谷底でも生きようと足掻いている立派な獅子なのに、名門の御家の名が壁となっている。名門故に妥協できない。


「あなたは己に挑戦して生き抜かなくてはならないのだと思います」


 彼からはそんな感じの花の匂いがした。不協和音の音色は何となく心地よかった。


「挑戦か。その予言は間違いない気がする……生きている土地、やっぱりあんたはそういう根本を持って生まれたんだな」


 そういう根本? どういう根本だろうか。ぼくはアーサーに訊こうとしたが、


「今日は話せてよかったですぞ、隊長殿。助けが欲しくなったら手助けしますので覚えておいてくださいな――ではでは、おれは長靴を探しに行きますので失礼させていただきます」


 と、アーサーは何かしらの用があるようで足早に去っていった。


 食堂にひとり残されたぼくは、おにぎりを手に取って食べ始めた。


 自分で作った一個のおにぎりはとても美味しかった。


 うん、満たされた。

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