十番隊女性隊員ルーナの場合
そそくさそそくさ、かくかくしかじか。そんな感じでぼくは十番隊の隊員と話をすることになったのだけど……話になるのか分からないという癖の強い者ばかりだ。
<log>//十番隊の女性隊員ルーナの場合
「話って何? もしかして縁談? わたしは止めといた方が良いわよ」
と言うルーナに向けてぼくは何を言えばよいのだ。相手は女子、確かにぼくから話したいと言ったら友達よりも親密な関係になりたいと言った具合の話だろうと勘違いされる。いやしかし、縁談ではありませんとか言って女性のプライドを傷付けたらどうする……分からない、どう返事をするのが正解なんだ。
「あのさ、だから話って何?」
「あなたの御家――アーリシェス家の夜禅での活躍はかねがね伺っております。創世代の始まりから続く御家なれば
「――ちょっと、そんな畏まって難しい話しないで」
なるほど、女子は難しい話が嫌いなのか。となれば、
「夜禅での話です」単刀直入に訊いた方が良いだろう。
「あぁ、夜禅ね……わたし何もしなかったからクビになるとか? じゃあラッキー」
「いえ、決してクビにはなりません」
「なーんだ、残念」
そうですよね、残念ですよね。ぼくもクビになれるならクビになりたいです。
「夜禅では、その、言いにくいのですが、ヒトを救う者の態度ではなかったので、今日は十番隊の指導者としてあなたを知りたいと思いました」
「夜禅部隊は普通の人類と異なるでしょ。何よりもわたしは名門の御家出身だからふんぞり返っていて何が悪いの?」
うん、ルーナは攻撃的な性格だ。いやそれは失礼だ、攻撃的な性格だと
「普通の人類じゃなかろうと人々を救わねばなりません」
「何から救うの?」
「病やこころの乱れから……ですかね」
「へー、つまんな」とルーナは本当につまらなそうにして「ところで隊長さんのお名前は……」
つまらない男認定したぼくに名前を尋ねてくる? 一体どういうことだ、女子とは何で出来ているのだ、甘い物か? それともワサビか? 解らない、未解決事件だ。
とまぁ、女子に名を尋ねられては答えないわけにいきませんな。
「ダビデと名乗っておきましょう」偽名で悪いね。
「ダビデね。わたしの名前はルーナって、知ってるわよね」
もちろん知っている。隊員の顔と名前だけは知っている。
「ぼくのことを呼ぶ時ですが、人前では隊長と呼んでください。女子に名前を呼ばれるのは恥ずかしい、という手前勝手な理由ですけど、どうか隊長と呼んでいただきたい」
「あらそう? 古風ね。秘密の共有みたいな感じでそっちの方が恥ずかしいけど」
なるほど、一理ある。ぼくは偽名を使ったわけだけど。
「ならば秘密を共有しましょうか」
「あははっ、そうしたいならそうしましょうか隊長さん」
と、この時ぼくはルーナの右目を初めて見た。髪をかき分けた時にチラッと見えたルーナの右目は闇を纏っているような目で、左の目とは真逆の印象を受けた。
「…………巫の一族はあなたを忘れていない」とルーナ。
「え? 忘れ……」
と、ぼくの顔を真剣に見るルーナ。ぼくの答えを待つように、ずっと見てくる。
このまま沈黙していても埒が明かないので、
「夜禅という前置きはいいとして。十番隊隊長として知っておきたいことがありまして、こうして話す場を設けさせていただいたのです」本題に移ろう。
「夜禅は建前ってことで、わたしについてでしょ」
「そう。十番隊隊長として、そして一個人としてルーナを知るべきだと思ったんだ」
「言っても構わないけど、わたし面白くないわよ? これでも巫の一族だから引きこもりがちだったし、今の仕事を任せられる前は……失敗ばかりだった。理想郷生物の襲撃で友達を殺されるし、助けられなかったし、まぁそんな感じで今は無気力ってやつね」
過去の失敗か。友達を失う、ぼくと同じだ。
後悔してばかりのぼくは未だに刀を振れないでいる。あの時に刀を抜いていれば一人くらい助けられたのに、鞘から引き抜き構えることもできなかった。結局誰も救えないまま、ぼくだけけものに殺されなかった。
「さらっと自分のことを教えてくれるんだね。警戒心が強い女子だと思っていたけど、以外にも素直に話してくれる。あなたの話を聴けてぼくは嬉しいです」
「いや、教えたところで自虐だもの……失敗が続いてなんにも出来なくなっていった。わたしは強く生まれたから闘わないと生きていけない。でも正直言って夜禅はおっかなびっくり、今でもけものを思い出すと、真っ裸で高い所から落ちている気分になる」
そっか、ルーナは高い所が苦手なのか。高所か、ぼくも苦手だ。
「ぼくとあなたは少し似ているね」
「似てないでしょ、もしかして口説いている?」
「いやいや、ぼくも失敗してばかりなんだよ。友達を助けられなかったし、自殺した友達の精神状態に気付いてあげられなかった」
親父殿と御袋殿の足元にも及ばず、失っては失ってと、ぼくの誇りは谷の底。今では一族の誇りのみが生き甲斐だ。
「そっか……わたしとは全然似てない」
「そうかもね」
「夜禅で活躍してきた一族でもないのにあなたは隊長に選ばれた。長い歴史の中で今現在も途絶えることなく夜禅で生きてきた一族が、夜明け前のあなたの背中を見て勇み立った……それなのに、十番隊の隊員だけは見ていることしかできなかった。次代を担う名門中の名門の御家の出なのに、一族の恥を曝してしまった」
それは仕方ないことだ。けものを目にして生きている方が凄い。他のヒトより強く産まれてしまったという証だ。
「生きてさえいれば次に活かせる。次代を担う覚悟があるならば、いまだけは己のいのちが一番大事だ」
「そうね……あなたは早死にしそうだけど」
なんと、ルーナにはぼくがそう見えるのか。巫の一族に早死にしそうと言われるとは思わなかった、これは巫女の予言か? だったらぼくは早死にしてしまう。
「なんてね、隊長さんは長生きしそう。十番隊の誰よりも長く」とルーナ。
「夜禅では死なせませんよ、この身に誓いましょう」
「わぁお、そういうこと言える
それは酷いことを言ってしまった。
「申し訳ない」
「嘘よ。さっき言ったこと本気にするって……隊長さんは真面目なのね」
さて、ルーナのことは分かってきた。
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