ふたつの日種

 そして現在――ぼくは牡丹派本部に来ていた。


 来た理由はあの不思議な女子、アイリスに会うためだった。会えるか分からないけれど、彼女に会えると思って来てしまった。


 その予想と言うか運命……まぁ、なんでもいいけど、アイリスに会うことができた。


「こんにちは、アイリス」


「こんにちは、レンカ」


 こうして挨拶をしたぼくたちは……


『こんにちは』どうしてか挨拶を繰り返していた。


 どうしよう、何を話してよいのやらと考えていたらまた挨拶をしてしまった。女子との会話は初めてではないのに、何故ぼくの心の臓はざわめくのだ。


 また会いましょうと言ってきたのはアイリスの方なのだけど、会ったら会ったでこの気まずさ。教えてください親父殿、あなたはどうやって御袋殿と話したのですか。


「あのね、あなたにごめんなさいしなくちゃいけないの」


 え? ごめんなさい? なんのことだ。もしかしてぼくは知らないうちに告白していて、謝られるのだろうか。つまりごめんなさいとはそういう意味か。


「何を謝るのでしょうか」


「十番隊はわたしが人選をしたの。あなたを隊長に選んだのもわたしなの」


 あらあら、それは本当ですか。本当ですよね、この状況から冗談なんて言いませんよね。


「そうでしたか……」


「あの子たちに怒った?」


「いえ、怒りはしませんでした……しかし夜禅での心構えがしっかりしていないとは思った」


「十番隊の隊員はみんな良い子たちだよ。強かったり弱かったり、ひとりでやらなくちゃって感じの頑張り屋さんで、日が宿っているのに自信が無いの」


「隊員は名門中の名門の御家出身と聞いております」


 仕事夜禅で忙しい名門の御家出身故に、己らの父上や母上は今の世代に教育できなかったのだろう。仕方ないと言えば仕方ないが、夜禅でのあの態度は次代を担う器とは言えない。今の今まで両親に宿る日の心構えを見てこなかったような隊員たちだ。


「いろいろ教えてあげたら?」


「彼ら彼女らには言いたいことが山ほどあります。しかし日の心構えは己で気付くしかないのかと思います」


「日の心構え以外を教えるんだよ。隊員の子たちとお話するのが一番だよ、あの子たちもあなたとお話ししたそうだからね」


「お話し……ですか。何を話せばいいのか分からない」


 夜禅の話をしても無視されそうだし、金銭の話をしても名門故に金銭感覚がぼくと違うし……いったい何の話をすればいいんだ。


「自己紹介するんだよ」と、ぼくの手を取るアイリスは「お手本を見せてあげるね」


「わたしの名前はアイリスです。好きなことはお花やお野菜を育てることです、と言っても現世界で育てることが好きなの――でも現実は難しいことばかりで、現世界の土地は死した土地で、だからわたしは天地に挑戦する。それが一族の誇りだから」


 こころがざわつく。懐かしい感覚だ。


「うーん、変な自己紹介だったよね?」とアイリス。


「あの――話を変えるけど、一緒に物語を書こうよ」とぼく。


 物語の始まりはいつもこんな感じなのだろう。かつて、『一緒に>>ものがたり<<を書こう』と約束をした。誰かと約束をしたんだ、皆と約束したんだ。


 と、提案したのはぼくなのに、なぜこの復興の時代に物語が必要なのか分からなかった。というか何を口走っているのだ。女子相手に一緒に物語を書こうだなんて、これはまさにプロポーズでしかない。またごめんなさいと言われそうだ。


「物語……それってどんな物語?」


「花を咲かせる物語だよ。一度枯れてしまったけれど、また咲かせるって本を書くんだ」


「わたしたちの方が先に枯れるかも」


「大丈夫だよ。ひとりじゃないんだ。それに、ぼくたちが生きなくては、現世界の誰かが悲しみますから」


 夜禅の開祖――自己犠牲を謳った戌渡八房殿は、『生きていれば反撃できる』と記した。生きてさえいれば誰かと笑いあえる、生きてさえいれば悲しみをひとりで背負わなくてすむ。結局それらが難しいことでも、ぼくたちは生きて芽吹かせなければならないんだ。


「散った分は咲かせねばならぬのです。それが――芽吹く日種」ぼくはそう続けた。


「……その言の葉は――世界の」と、アイリスが何かを言おうとすれば、


「――十番隊長、ここは女子の園にございます。どうかお引き取りを」


 言ってきたのは五王がひとり、リナリアだった。


「あ、そうでしたか――申し訳ございません」


 言われたぼくはそそくさとその場を去った。アイリスが何を言おうとしたのか気になったのだけど、こうなっては仕方ない。このセカイで王様の言うことは絶対だ。

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