花の匂いに誘われて

 お待たせしました観客の皆さま、これより森羅万象の始まり、終わりはじまり


<memory記憶> //これはぼくが五大派閥の牡丹派へ花入りする日のこと


 親父殿、御袋殿。わたくしめレンカは、ついに五大派閥一最低最悪な牡丹派の門をくぐろうとしております。あなた方に教わった独特な語りが牡丹派にもあるようなので、それを聞き出して解読するまでは逃げ隠れせずに挑む所存です。


(アビラウンケンソワカ、アビラウンケンソワカ、アビラウンケンソワカ……)よし、これで山に行く途中で蛇に出会わないだろう。しかしいまだにこの言葉の意味が分からないし、なぜ三回繰り返すのかも分からない。そろそろ教えてくださいな御袋殿。


 と、ぼくは牡丹派の門をくぐった。決して大きな一歩とは言えない一歩、勢いもなければ力もない、踏み込みも浅ければ胸に刻んだ言の葉も浅はか。引き返せるなら引き返したい、そんな感じでぼくの新生活へ向けての花入り――五大派閥の門をくぐること――と言えば、今回も強めの傾斜ですぐに転んでしまいそうだった。


 この一歩で分かったのは、人工の芝生に人工の樹木に人工の花。派閥だけでなく、國や町や村にまで人口の草木は広がっている。植物が消えたセカイでは、人工物がぼくたちの暮らしを彩っているのだ。抗菌を施されたふかふかの人工芝生、落葉樹なのに葉が落ちない木々、本物のように造られた年中咲き誇る人口の花。人口物でなければ永遠を感じられないのだろう。


 これが今のセカイ。セカイの流行り、セカイの臭い。


 それらのセカイを鼻で感じるぼくの感想といえばいつも変わらず……酷い臭い――いいや。


(――花の匂いだ)いつもの感想とは違っていた。


 理想郷の花に囲まれているかのような、この場所には奇跡があるというような。(酷いセカイでも生きていたい)そんな希望に満ちた感想をぼくは浮かべていた。


 死した土地より草木枯れるばかり、なぜやなぜ、理想郷のような生命溢れる花の香り、穢れた我が身包むのか。ここ実ノ國・常陸宮ひたちのみやは標高が高く、北から流れてくる花ノ國のお花の香りが日常的に常陸宮を包んでいるは知っていた。実を成すには花から香る、しかしどうしていまになって、ぼくを包む花の匂いは初めて嗅ぐ匂いなのに、こんなにも心地良い懐かしさを感じさせたのだろう。


 と、ぼくのカラダは自然と動き、花の匂いの出所を探していた。嗅覚だけではない、感覚と言う感覚すべてがぼくを導いている。花の匂いによって肌はピリピリと刺激され、聴こえるはずのない音は道標のように響かせていた。


 牡丹派本部の敷地だというのに勝手気ままに探検探求と、気になったことは徹底的に調べようとするのがぼくのさが、場合によっては悪い癖とも言える。


 なぜ悪い癖なのか? なぜならぼくは迷ってしまったからです。


(うん、どうしよう。牡丹派の本部ってどうして理想郷の森林地帯のような構造しているんだ?)


 勝手に歩き回ろうとした自分が一番悪い。しかし、いや分かっている、途中から花の匂いが分散してどれを辿ればいいのか分からなくった自分が悪い、道も分からないのに広い敷地を探検しようとしたぼくが一番悪い。


(これで迷っただけならいいけど、花入り初日で遅刻はまずい)


 まさか、このまま迷い続けて餓死はしないよね。大丈夫だよね。

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