2章 第2話

 ぱしゅっ。


 ゆっくりとサイレンサー付きの銃口をこっちに向け、そいつ「スマイル」は確かに1度だけ発砲をした。そしてスマイルはすぐに後ろに振り返り、今度はもう1つの人影に銃口を向けた。


 俺「サトウヒロキ」は、はっきりと、自分自身の肉眼で、その人の頭部から血しぶきが上がるのが見えた。その人の顔、性別、その他の特徴までは確認できなかったが、確かにその人はスマイルによって頭部を撃ち抜かれていた。


 俺に対する宣戦布告なのだろうか。具体的になんて何も分からないが、俺はスマイルに対して確かな危機感を覚えた。



〈6時間後〉


「同級」タイトルにそう付けられたグループチャットに招待された。メンバーは例の事件の首謀者で、俺を含めて現在生き残っている3人だ。俺は高校を卒業して以来、アカウントを移行し、誰とも連絡を取らなかった。なので、そもそも会話自体が久しぶりであり、俺自身、少し懐かしいような、わくわくする感覚があった。


「『サトウヒロキ』が参加しました」


「久しぶり」


 反応がない。さすがに直ぐに返信、とまではいかなかったようだ。


 …しばらくして、やっと「既読」の2文字が俺の送信したテキストの右下に小さく表示された。


「久々だねほんと」「何してたん?」

「え」「バイト掛け持ち」

「変わってないなー」「あんたずっとバイトばっかしてたもんね」

「そりゃ金ないし」「そっちは?」

「うち?」「え」「普通に正社員なんだけど」

「は?」「正社員、?」

「おつ」


 何ヶ月振りにこんな会話をしただろうか。なんなら何年か、あるいはそれ以上に月日が流れていたかのように、無性に懐かしかった。セキネヨウコ、こいつは特にそうだ。例の一件のすぐ後に他県へと引っ越し、それっきりひと言も話さなかったから余計にである。


 そんな余韻に浸ってる暇も直ぐに無くなり、慌ただしく本題へと入った。


「スマイル、だっけ」「あいつ殺したらしいよ、女の人」

「え」「なんで知っとるん」

「速報やってたやん」「見てないか、w」「あんたテレビとか見ないもんね」

「え、その場所ってさ…」「…分かったりする?」

「分かるよ」「伊達に見てる訳じゃないんで」「**********」


 その人はまさしく俺が6時間前に見たその人で、その場所はまさしく俺がその人を見たその場所だった。女性だったのか。


 しかし、その女性は俺らや例の一件と全く接点がない。何故だろうか。


 それにしても、6時間で速報って流れるのか。改めて日本の情報化の凄さを体感しつつ、初めて恐ろしいと感じるようになった。


「あんた見たの?」「凄」

「凄いとかじゃねーだろ」「俺らに対する宣戦布告、みたいな?」「逆にそうじゃないと筋合わんよな」

「そのためだけに知らん奴殺す?」「デメリットしかないやん」

「たしかし」「何だろ」


 その通りだ。宣戦布告の為に人を殺すか?たとえそれがメリットだったとしても、余りにもデメリットの方が大きすぎる。


「『simizu』が参加しました」


 突然現れたその細字の1文に、警戒心を覚えた。誰だこいつは?


「え」「誰お前」

「勝手に入ってくんなし」

「申し遅れました」「わたくし、このグループチャットの管理者でありますノダエイジ様よりご依頼を受けまして参りました」「シミズ、とお呼びくださいませ」

「え誰」

「あっごめん」「俺が紹介するよ、シミズさん」


 そう言って突然現れた「ノダエイジ」。例の一件の首謀者の1人で、後輩に手を加えた張本人だ。


「この人は俺が雇った、いわゆる…弁護の人、みたいな?まぁ、そんな感じの人」

「有難う御座います」「立場上はまぁ、そういう人間です」「基本、ここでの連絡等は情報の入手のみに拝見させて頂きます」「私を除いた3人で新しくグループを作成して頂いても構いません」「仕事としてですが、宜しくお願い致します」


 随分と適当な紹介をするエイジに対し、シミズさんは丁寧かつ少し冷たそうな紹介だったが、この人は妙に信憑性があり、俺たちはすぐにシミズさんの事を受け入れた。きっとエイジもそうなんだろう、と思った。


「ノダエイジ様、セキネヨウコ様、サトウヒロキ様」「以上3名で宜しかったでしょうか」「宜しければ、送信するこちらの書類にサインをお願いします。」


 そう言ってシミズさんが送信したファイルには、上部に「契約書」と大きく書かれていた。仕事で来てるから当たり前か。


「お金とかってどうするんですか?」

「ノダ様より既に3名分お支払いを頂いております」

「そうなの?」

「そ」


 こうして、俺たち3人とシミズさんは契約を交わした。



 まただ。


 僕の脳内をよぎる思い出が、僕自身を蝕んでいくように苦しい。


 人はこれを、フラッシュバック、と呼ぶ事を、僕は最近知った。


 何度同じ事を思っただろうか。この無造作な顔を、何度自分で見ただろうか。


 絶対に、お前らを、スマイルさせてあげるからね!


 目の前に画鋲で突き刺した5枚の顔写真にそう叫んだ。


 そのうち2枚は全面に「×」をつけておいている。

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Smile 噂のはちみつ @honey0108

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