2章 第1話

 物騒な事件だな。両目と口を縫われるなんて。どんな感じなんだろう。

「ねぇ、大将。物騒っすよね?」

「ん?あーこのニュースだろ?怖い世の中になってきたもんだな。」

 行きつけの居酒屋のカウンター席。年季の入った猫の置物とジョッキのビールを挟み、大将と話をする。焼き鳥の串を数えながら、俺は忘れていた記憶を無意識に掘り起こしていた。


 あれは1年ぐらい前のことだったかな。背の低い後輩を俺たちが6人がかりで囲んでいた。


 その内の1人は異常なほどキレていた。縫い針を震える手で力ずくで握っているのが分かり、何かしらの大きな理由があるのかと思ったが、そんなにキレることでもなく、むしろキレるのは後輩の方だったのかもしれない。後輩は同じ針で傷のなかった腕を縫われていた。


 そして、その時と同じように後輩を縫い付けるそいつ。動画を撮っている女。警戒するように外をちらちらと眺めている、見張りの男。そして俺。血を流す後輩。後輩以外は各々が同じ境遇、同じ目標を持っていながらも単独行動をしていた。


 そして出来上がったのが、この顔である。口を塞がれ、目は片方が潰され、顔が赤く染まっている、無造作な顔だ。


 今度は、顔が変わった後輩にご飯を奢ってもらおうとお願いした。いつもこうしているので、後輩は快く引き受けてくれた。


 後輩の顔にひょっとこのお面を被せる。これは俺の仕事なのかよ。これでもう後輩のこんな無造作な顔を見なくて済むと思うと、さっさと被せてしまおうと必死になった。


 …必死に走り続けた。俺はもうあいつらがどうとかそんな事はどうでも良くなり、何度か振り返りつつも、足を止める事なく、ただ走り続けた。


 あいつらの行方を知ったのは2日後のニュース速報だった。


 6人中、見張りの男ともう1人は後輩の手によって殺められた。俺と、後輩の顔に手を加えた実行犯の男、撮影していた女、そして今見ているニュースで同じように縫われてしまったその男。4人はそれぞれ色々な形で逃げ切っていた。


 復讐が始まっているのか…?


 俺は勢いでジョッキのビールを飲み干した。



 …爆発音が聞こえた。


 眠気のまだ覚めないままにカーテンを開けると、目の前のマンションの4階から煙が上がっていた。目を凝らすと、煙の奥にうっすらと人影が見えた。そいつはどこか見覚えのあるようなないような、そんな感覚があった。


 …こっちを見ている…?


 やはりそうだ。そいつはこっちをはっきりと見ている。顔は…!?


 ほんの一瞬で、俺は絶望した。やはり、始まっていたのだ。


 俺が見た「ひょっとこ」は、確かに俺を見ている。

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