第4話 吉野の桜

「私は、カムアタツヒメ様のもとで女官をしておりました。神代の時代より、桜には命が宿ると申します。すべてカムアタツヒメ様が私たち女官にその桜をお与えになるからなのです。」


サクラは訥々と話を始めた。


この桜の木はすでに樹齢1500年程。私はこの桜の守を仰せつかっておりました。

私は、ここから人々の暮らしを眺めるだけで、一人さみしくおりました。

この木の周りには桜はなくて、とても寂しかったのです。

ある時、旅の僧がこの桜にやってきました。今から800年程前の事です。

私は、その旅の僧、西行様に恋をしてしまいました。

一人で寂しく過ごしておりました毎日が、西行様が来られたことでとても幸せな日々に変わりました。

西行様は眉目秀麗ではありましたが、それだけではなく、とても心が美しい方で、各地の旅のお話や、歌詠みのことなど、色々私にお話ししてくださいました。


でも、西行様は都から呼び出しが来て、この吉野から離れることになりました。

必ず戻ってくると仰って、この吉野を旅立っていかれました。

それから、西行様のお姿を見てはおりません。


西行様とお別れした時から500年ほどたったでしょうか、ある時旅の人がここにきたことがございました。

その時も、あなた方と同じように歌を御詠みしたところ、その方もあなたと同じように歌を御詠みになりました。

「とくとくと おつる雫の 苔清水 汲み干すまでもなき住処かな」

これもまた西行様の歌でございます。その歌を詠まれたのです。

もしや、西行様が戻ってこられたのかと私は歓喜いたしました。

でも、その方もまた西行様ではございませんでした。

その方は、西行様を慕われ、西行様の足跡を辿っておられたのです。名は、松尾芭蕉様とおっしゃいました。

その方から、西行様は遠い昔にすでに亡くなっておられることを聞きました。

私はしばらく悲しみにくれました。


でも、私と別れる際、西行様は「わが命尽きたとしても、必ずやそなたのもとに戻る」とおっしゃったのです。

私はその言葉を信じて、ここでお待ち申し上げておるのです。



サクラはそういうと、悲しい笑顔を浮かべた。

三人はその話を聞き、でもどうすることもできないことを悟った。

気が付くとそろそろ夜が明けるころだった。


「私は、西行様がここに来られるまで、待っております。すでにもう800年は待っておるのです。これから先また待つとしても、そんなに変わりません。今夜は久しぶりに人とお話ができて、うれしかった。幸せでした。私のつたない話を聞いていただきありがとうございました。

こんな、桜がいたんだとたまに思い出していただけたら嬉しいです。楽しい時間をありがとうございました。」


サクラはそういうと、すうっと一陣の風と共に消えていった。




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