第3話 西行庵

「それで、俺も呼び出されたってわけか。」

次の日、神宮司とユウタ、そして妖鬼神社の祭神の息子である犬神のショウは西行庵に向かっていた。

西行庵とは、西行法師が吉野に逗留した際に結んだ庵である。

その妖が出るという桜はその西行庵から少し上ったところにある。

ショウは、大きなフサフサの尻尾を持ち真っ赤の着物を着ている。

「でもさ、相変わらず派手だよね。ショウ。桜の精が機嫌損ねないといいけど。」

と少し心配そうに神宮司が言った。


ほどなくで西行庵についた。

4畳半ぐらいの小さな部屋があり、本当に雨風をしのげるだけの小さな庵だ。

ここに西行法師は3年程住んでいたといわれている。

「人間ってこんな小さな場所でも生きていけるんだな。」

神宮司がみじみとその庵を見てつぶやいた。

「今の人間は贅沢なんだよ。寝るだけのスペースさえあれば暮らしていけるんだ。まぁ、この吉野でこの庵だと冬は大変だろうけどな。」

ショウが、神宮司に向かっていった。


「おうい、たぶん例の桜はあの桜だな。」

ユウタが指をさした先に一本の大きな老木の桜があった。

その桜のところだけ、なぜだかほかの木々がなく、月明かりに照らされて一本だけ神々しく佇んでいた。花は今ちょうど満開で風が吹くとはらはらと花弁が舞い散っている。

「なんか、近寄りがたいというか、触れてはいけないような気になるね。」

少し委縮した神宮司だったが、ショウが

「とにかく行ってみよう。」そう言って先先と行ってしまうので、仕方なくついて行った。


桜の下についた時、さっと一陣の風が三人の頬をかすめた。

桜の甘いような香りがしたかと思うと、目の前に淡い桜色の着物を着た女性が立っていた。


「雲ならで おぼろなりとも 見ゆるかな 霞かかれる春の夜の月」


とても細い声でその女性が歌を詠んだ。その姿は、とても悲しく美しい。

その女性がこちらをじっと見ている。神宮司とユウタはどうしたらいいのかわからず、おろおろするばかりだった。

その時、ショウがおもむろに言った。


「雲にまがふ 花の下にてながむれば おぼろに月は見ゆるなりけり」


すると、その女性が一筋の涙を流し言った。

「嗚呼、西行様…。」


「申し訳ございません。私は西行ではございません。この麓にある妖鬼神社の狗神でございます。あなた様は、神阿多都比売カムアタツヒメ様ではございませんか?」

ショウは、跪いて首を下げた。

神宮司とユウタはその様子を驚いて見ている。

「やはり、西行様は戻ってこられないのですね。私は、カムアタツヒメ様ではございません。ヒメさまの身の回りなどのお世話をする女官でございます。サクラと申します。さぁ、頭をお上げくださいな。」

その女性、サクラは優し気に声をかけた。

「そちらのお二方も、こちらに来て私の話を聞いていただきましょう。久しぶりにお話を聞いてくださる方が、お越しいただいたんです。300年ぶりぐらいでしょうか。少し私も心躍る気分でございます。」

サクラの頬が少し昂揚して桜色に変わったのを見て、神宮司は可愛らしいと思ってしまった。

「でも、最近ここにきた者がいたはずですが。麓ではあなたに出会って災難に見舞われたとのうわさが立っております。」

ユウタが思い切ってそうサクラに聞いた。サクラはとても驚いて、

「まぁ、そんな噂が!私はただ、訪れた方たちに歌を詠んでおっただけですよ。私には災難を振りかけるような妖力はございません。」

「では、彼らに降りかかった災難は偶然であると?」神宮司が言うと、

「だろうな。高熱が出たものは、山を下りる際に雨にでも打たれたんだろうし、怪我をしたやつも慌てて下山でもしてどこかで転んだりしてるんだろう。

どうせ、話を面白くするために多少盛っているんだろうさ。

大体、妖ばかりが住むこの地区で何をそんなに怖がることがあるのか俺にはわからん。お前たちもその話を真に受けてしまうなんて、どうかしてる。」

ショウが呆れ顔でそういうと、ユウタと神宮司は面目ないという顔で苦笑いをした。





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