第2話 妖鬼神社

ここは裏吉野。人里から離れた山の中である。

吉野には金峯山寺という役行者が開いた寺院があるが、その裏には現代では地図にも載っていない裏吉野という土地がある。

裏吉野には、現代の日本では住みにくくなってしまった、妖たちが多く暮らしている。

その裏吉野には銀峯山寺という寺院があり、金峯山寺とともに結界を張り妖たちと人間がトラブルを起こさないように見張っている。

吉野は桜の名所として知られているが、ここ裏吉野もまた桜が多く植えられており、春になると辺り一面が桜の山となる。


ここは妖鬼神社。裏吉野のちょうど中心部に位置する小さな神社である。

妖が多く住む裏吉野の中で、この神社は人間の巫女が守っている。

そして、その息子がこの神社の宮司である神宮司勇太だ。


うららかな春の日差しに社務所に座って事務仕事をしていると、ウトウトとしてしまいそうだ。

眠気を必死にこらえながら、神宮司は目の前の仕事を片付けていた。

「おおい、神宮司。おばば様はいるか?」

ふと、顔を上げると幼馴染のユウタがいた。

山伏の装束を着て、何か大きな包みを持っている。彼はこの先にある銀峯山寺に住む烏天狗の統領の息子だ。

「親父殿に頼まれて、おばば様に届け物だ。」

「お、ユウタ。いらっしゃい。ちょっと待って、おばあちゃん呼んでくるよ。」

神宮司が祖母を呼びに行き、ユウタは社務所のよこの縁側にちょこんと座った。


「あらあら、烏のユウタさん。いらっしゃい。久しぶりですねぇ。」

入ってきたのは、巫女の装束を着た美しい女性で、とても豊かな銀色の髪の毛を後ろで一つに束ね、三毛猫を抱いていた。

神宮司の祖母である。もうすで80歳は超えているはずだが、とても見えない美しさである。


「あ、おばば様。親父殿からこの荷物を預かってまいりました。何か珍しく美しい壺が手に入ったとかで。」ユウタが抱えていた荷物を差し出した。

「まぁまぁ、いつもお心遣いありがとうございます。」


祖母の後に入ってきた神宮寺が3人分の桜茶とお菓子、そして猫のおやつもお盆に乗せていた。

そのお茶を飲みながら、3人で眼下の桜を眺めながら猫のカイをなでる。とても穏やかな時間だ。


「そうだ、最近変な噂を聞くんだよ。山の頂に大きな古い桜の木があるだろ。その桜の下に、すごく美しい女性がいつも悲し気に立っているらしいんだ。

で、その女性に声をかけると、歌を詠めと言われるんだって。歌っていっても、五七五七七だっけ?短歌だよ。

声をかけたやつも、気に入られたいと思うんだろうね、必死に考えて短歌を詠むらしいんだけど、その女性はさらに悲しそうな顔をして、すうっと消えるらしい。

で、遭遇した人はその数日後に高熱が出たり、怪我をしたり、何かしら災難に見舞われるんだって。」

ひとしきりユウタが話をすると、京子は少し首をかしげて言った。

「それは、西行様の桜の事ですね。」

「西行様の桜?おばあちゃん、それなんか聞いたことあるな。」

「あなたには、小さいころ寝かしつけのお話によくしていたお話ですよ。覚えているんですね。勇太。」


「西行様の桜ってどんな話なんですか?」ユウタが京子に聞いた。

「あなたたちも西行法師は知ってますよね。西行様は平安時代末期、名のある武士の出だったにもかかわらず、世を捨て僧侶となり各地を放浪しておられた。

その西行様がこの吉野に訪れた際、吉野に魅了されそのまま長い間逗留されておられたの。その時の西行様のお気に入りの桜があの桜だったのよ。

あの桜はこの吉野の山の中でも長寿の桜なのだけれど、長く生きた桜には命が宿るといわれて、あの桜も西行様の前に姿を現し逢瀬をたのしんでいた。

でも、西行様がこの吉野を起たなければならなくなり、泣く泣くお別れになったのよ。西行様はこの吉野に戻ってくると言い残してね。あなたは

あの桜は西行様の帰りを今でも待っているのでしょうね。」

「なんか、悲しい話だね。西行様はもどってこられなかったんだ。でもなんで、短歌なんだろう?」

「あら、西行様は歌人としても有名な方なのですよ。とても美しい歌をたくさん残されてます。だからでしょう。

妖たちは、生きる年数が人間よりはるかに長い。だから、思いも強くなってしまうのでしょうね。ねぇ、カイ。」

「ナァ」京子の膝の上の猫が顔を上げて京子の眼を見た。

「あなたは、しっかり長生きするのですよ。カイ。あなたは勇太たちを守ってもらわないと。」

「ナァ」猫のカイが答えるように鳴いた。


猫は飼い主に可愛がられ、長生きをすると猫又になり、人間の言葉を理解するようになるらしい。そして尻尾が二股に割れているのが猫又の証拠なのだ。

猫のカイは人間の言葉を話すことはないが、どうやら人間の言葉は理解しているらしい。尻尾も二股に分かれているので、もうすでに猫又なのだろう。


「でも、高熱が出たり、怪我をしたりっていう被害が出ているのはちょっと困るね。少し確かめたほうがいいかも知れないな。今度、その桜のところに行ってみよう。」

神宮司がそういうと京子が、言った。

「あなたたち二人だと心もとないわ。短歌なんて詠めないでしょう。犬神のショウさんを連れて行くといいわ。彼なら歌も詠めるはずよ。」







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