歌詠みの怪ー裏吉野奇譚
KPenguin5 (筆吟🐧)
第1話 プロローグ
まだ、妖と人が隣り合わせで暮らしていたころの話である。
時代は平安時代後期。荒ぶる
一人の武士が世情に疲れ、世を捨て出家をし、各地を放浪していた。
名を西行という。西行は眉目秀麗であり、歌詠みとしても知られた僧侶である。
西行はある時、吉野を訪れた。
吉野は世にしれた桜の名所である。西行は、吉野の桜に魅了され、庵を結び逗留することにした。
彼は特に一本の桜に執着していた。その桜は樹齢500年以上の大きな桜だが、とても繊細な花を咲かせ、夏には多くの実を着けた。山の頂にある桜で、村を見下ろす位置にあった。
老木の桜には、命が宿っているといわれている。毎日、その桜のもとに訪れる西行に桜の精は恋をした。
ある日、西行が桜のもとに行くと、一人の美しい女が立っていた。
その女が西行に怪しくも美しく笑いかけた。
西行はその笑顔に金縛りにあったように動けなくなった。
「西行様、私はこの桜に宿るものでございます。ここは寂れておりますので、あまり人が来てくれません。一人さみしく人の営みを上から眺めているだけでした。
でも、最近あなたがここに来てくれるようになってから、毎日がとても楽しみになりました。」
西行はそれから毎日のように、桜のもとに通うようになった。
桜の精に修行で回った各地の様々な話を聞かせた。西行は桜に様々な歌を詠んで聞かせた。
西行もまた、桜と心を通わし、毎日華やいだ気持ちでいた。
だが、人間と妖。心を交わしたとしても、時間の経過がそもそも違う。
桜はすでに500年を生き、西行の寿命は60年程。これは、条理である。
西行は桜には悟られまいとしながらも、思い悩んでいた。
ある時、西行は崇徳院に呼ばれ、京に上らなければならない事になった。
西行は出立の日に桜のもとに行き、別れを告げた。
「桜よ、私は京に向かわねばならない。すぐにここに戻ることができないかもしれない。桜よ、もし私が命ある時にここに戻ることができなくても、必ずやお前のもとに戻ってこよう。500年後、いや800年後やも知れぬが、桜の咲くころにお前を迎えに来る。約束しよう。」
西行のその言葉に一筋の涙を流し、その涙を桜の花びらに乗せ西行に渡した。
「西行様、わたくしはあなたをお慕いしております。いつまでもあなたが戻られるまで、お待ち申し上げております。」
桜を受け取った西行は、桜に背を向け、京への旅路についた。
「吉野山 花の散りにし 木の下に とめし心は我を待つらん」
「願わくば 花の下にて 春死なむ その如月の望月のころ」 西行
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