スーザン・ソンタグ『こころは体につられて』と確かに熱い批評の在り処

スーザン・ソンタグ『こころは体につられて』を読む。この本は1964年から1980年にかけてソンタグが書いた「日記とノート」を収めたものだ。ほぼソンタグの30代から40代にかけての記録を追うことができる書物だとも言える。ぼくは実を言うとソンタグに関しては「食わず嫌い」が激しく、彼女が果敢に9.11に関して発言していた頃でさえ彼女のその言葉に関しては冷ややかな態度を保ちつつ眺めていた(ぼく自身、彼女とは同意見だったにもかかわらずだ)。思うに偏見(バイアス)とは怖いもので、ぼくはソンタグのことをどこかで「高飛車な」「お高く留まった」人と思い込んでいたのだった。いまでいう「冷笑」と同じ匂いを勝手に嗅ぎ取っていた、とも言える――いま、ぼくはソンタグのこの本を読み自分のその偏見にあらためて恥を感じる。ここにいるのはそんな「高踏的な」「ハイソな」批評家とはそれこそ「真逆」にある、「ホット」で「悩める」1人の女性の姿だ。その「悩める」女性が何かを記せば、彼女のきわめて優秀な頭脳は機能を始めて「批評」を書き続ける運動体になったということなのだろうと思う。


佐々木敦だっただろうか、批評家の特性として「反射神経」と「持続力」という2つの性格/特性が両輪となって彼や彼女の中で協調することが大事と書いていたと思う。つまり、ある問題と出くわしたとする。するとその問題から「ひらめき」を見出しその問題を即座に分析する特性が働きうる。これが「反射神経」だ。だが、この「反射神経」から生まれる批評は時に誤りうる。当たり前だ。完璧な人間など存在しない。直感に頼った分析はしばしば熟考してねばり強く考え抜くプロセスを必要とする。この際において「持続力」が必要となってくる。整理すれば「ひらめき」がそのまま「反射神経」を駆使した「慧眼」となりうる可能性とその「ひらめき」のアイデアをあえて黙って練り上げて「正論」となる可能性。2つの可能性が批評家の文の受け取られ方としては存在しうる。いや、これもあくまで仮説の域を出ない。だけどこの考え方を知ってから、ぼくはしばしばさまざまな批評家(あるいはもっと枠を広げて作家全般に至るまで)の仕事を形容/分析せんと試してきたことを思い出せる。


その意味で言えば、ソンタグのこの「日記とノート」は彼女がまさに稀有と言ってもいい「反射神経」を天分として与えられていたことを示していると言えるのではないか。別の言い方で言えば、実に彼女の優秀な頭脳そして身体は「せっかち」に動く。実に「万巻」とさえ形容したくなるほどの本を読み、映画を観て音楽にまで手を伸ばし、文化全般を貪欲/旺盛な好奇心で味わい尽くす。だが、その鑑賞する手つきには「淫する」「自家中毒な」(なんなら「オタク的な」)匂いが感じられない。いや、これは解釈が割れるところとも思うのだけれどぼくはソンタグにとってここまで多量の/多彩な芸術のソースに触れる日々を過ごしそして思索に耽ったということは決して「愉楽/悦楽」のためだけだったとは思えないのだ。むしろそうして鑑賞し続けることこそが彼女に内在する苦悩/苦しみを一時的にであれ癒し、前進させるということだったのではないか。その「求道」「禁欲」的な姿勢にこそぼくは共感を覚える(とは言っても、この禁欲的な姿勢はぼくには逆立ちしたって真似ることなどできないのだけれど)。


そして、そのようにして多種/多彩なソースに触れ続ける日々の中で彼女は実は、彼女を育んだアメリカという国に収まりきらない、国境を超えたコスモポリタニズム(いまで言えばグローバリズム)をこつこつと育てたのではないか。つまり、国境を超えた芸術をたくさん鑑賞することが彼女の価値観をより柔軟に・よりワイドに醸成させたのではないかということだ。だが同時に、彼女はきわめて個人的な実存の条件を書く場所に選んだ人でもある(いまふうの言葉で言えば、「自分の頭で考えた」人とも言える)。少なくともこの「日記とノート」から見えてくるのは、前にぼくが保持していた偏見に代表される「クール」な「批評家」とはまったく違う1人の女性だ。その女性の言葉はいまなお色褪せない強度を備えていて、そして確かに「ホット」な熱を保っている。ぼくはこの本を読んで、ここから彼女が記した小説や批評にもっと触れていこうと思った。

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