西部邁『ファシスタたらんとした者』と保守思想が鳴らすブルース

実を言うとぼくは今年で48歳になる。「50にして天命を知る」と語ったのは孔子だそうだが、この言葉にひたひたとリアリティを感じるようにもなってきた。ある天命、つまり神や運命がもたらしたミッションをこなすために自分は生まれてきたのだということを悟ること。たとえば、ぼくの場合はたぶんこうして読んだ本について書いたり英語を学んでそして思いを伝えたりすることが「天命」なのだろうと思う。ただその「天命を知る」ことは同時に「自分は万能だ」とか「天才だ」とかいった思い込みを捨てることでもあるのだと、最近になってぼくはようやく掴めてきたようにも思う。いずれぼくも死ぬ。この人生も終わる……その有限な人生において、それでもなお自分をどこまで高められるか。そういう心意気で生きてみると人生というのは「最高」……ではないかもしれないけれど「まあまあかな」と思う。いや、人から見たらぼくほど堕落した人間もいないのかもしれないけれど。


西部邁『ファシスタたらんとした者』は、稀代の保守派の論客として鳴らした西部邁の自伝的書物である。基本的には彼の生い立ちについて、学生時代の思い出話について、そこから学問に明け暮れた日々についてを語る。その後東大を辞職し『朝まで生テレビ』常連の論客となり、妻との死別を経験し……西部が綴るそんな一生を追いかけてみて、ぼくは「この論客をナメていた」と反省することとなった。ただの「反米保守」と見なしてしまっていた自分はまさに偏見に染まりきり、自分の頭で捉えたり考えたりすることを忘れていたか怠っていたかだ、と思ったのだ。もちろん自分に都合の悪いことを自伝に書くわけもないのだが、それでも西部の立場から見る西部の人生は(とりわけ彼がその吃音やあるいは鋭利な知性の持ち主であるがゆえに、幼少の頃から大人たちの欺瞞や愚かしさを見抜いていたということは)、ぼくに多くの示唆を与えてくれた。これほどまでに「見渡せる」人なら大衆社会批判や衆愚批判に至るのが自然ですらあるな、と。


明かしてしまうと、ぼくは保守思想をまったく知らない。大学では英文学という畑違いの学問を修めたのでいずれにせよ基礎知識はないに等しく、その後アルコールに溺れて堕落した人生を歩んだので結局衆愚の1人でしかない。でもそれを認めた上で西部の言葉に能うる限り謙虚に耳を傾けてみると、西部の言葉はどこか耳に痛いものではあるけれど力強いものであり、聞き逃すことはできない確かな迫力に満ちたものであるとも感じさせられる。つまり、いまはグローバリズムがさかんに謳われ個がますますインターネット(とりわけソーシャルメディア)の喧騒の中に飲み込まれる時代である。そこでは個が溶解して堕落する事態だって十分に起こりうる。そんな中において、西部が語るような公共性(ぼくの理解だと「国民的な道徳の概念」となるだろうか)はますますその重要性を増している。その懸念をぼくも共有したいと思う。だからここで語られている日本の軍備や天皇制の課題、戦争の見直しについての論点は「侠気」に満ちたものとぼくは受け取る(あえてこんなアナクロな表現を使う気持ちをわかって下さい)。


ただ、それでもぼくは言いたい。西部的に言えば大衆社会/大衆文化に染まりきりいまを享楽的に生きることは「堕落」なのだろう。でも、それではなぜいけないのか。ぼくはポップなものを愛する。そのポップな表現(たとえば漫画やアニメ、ゲームは十分にポップだ)の「堕落」したコンテンツの中にこそ、深遠な事実が潜んでいると思う。そうした深遠な事実を見抜く目を持ちたい、と。西部が「延命」「生き延びる」ことを拒んで「自死」という形で生を閉じたことも、西部的な主観からすれば彼の美学に殉じて「完結」させたということなのかもしれない。でも、ぼくはその死を理解できない。あるいは、頭ではなく身体や本能の次元でそうした形での生の保ち方・死の捉え方を拒否したいとも思う。ただ、それはもちろん「西部はくだらない」ということを意味しない。たぶんぼくはこの西部の自伝を折に触れて読み返し、ついに西部のように美しく生きられない自分、醜い自分自身の老醜を晒して生きるのだろうな、と思う。でも、それのどこが悪い……と断固として言い張りたいとも思う。

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