ルイス・キャロル『少女への手紙』と稚気の定義

高橋康也・高橋迪による訳がほどこされた、ルイス・キャロルが(主に)少女たちに宛てて書いた書簡集『少女への手紙』を読むと「童心とは何だろう」とあらためて考えさせられる。その答えの1つとして思いつくのは、ここにある手紙たちがそのままどのようにして読者を「釣って」「導いて」いくかを計算し尽くしたものでありうることだ。つまり、これらの手紙たちは単なる個人的な心情吐露やあるいは事務的な連絡を超えた読み物であり、何なら「掌編」「超短編」としてさえ読めるということでもある。少女たちはこれらの、自分とは年齢も離れておりそして性別も決定的・致命的に異なった「他者」が記した手紙たちをどのように読んだのだろう。ぼくはもちろん男だが、しかしこれらの手紙を読んでいくと――さすがに「おさとうと香料と(エトセトラ)」でできた性別が生み出す「少女性」まで追体験することはできない相談だけど――でも、子どもに戻った気持ちならたっぷり味わえる。ぼくも何を隠そう昔は子どもだったんだから!


ルイス・キャロルのことは、ぼくは単に『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の書き手でありそれ以上ではなかった。そして、いちおうはぼくも「不思議の国」「鏡の国」を冒険したアリス・リデルの足跡を追っかけた身でもあった。だけど、ぼくはついに「で?」「何が楽しいんだろう?」と考えてしまってそれ以上関心を持つのをやめてしまっていた。でも、それはしょうがないことだ。ぼくは――そうなりたい・そうありたいと思ったことは1度もないような気もするのだけれど――「男の子」だったのだから。ルイス・キャロルが嫌ったという、やんちゃな性別・性格の「男の子」だったのだ(と書いて、ふと『不思議の国のアリス』の主人公が「男の子」だったら、という素朴な疑問が頭をかすめた。たぶん単にめちゃくちゃなだけで面白くも何ともない、雑でデタラメなものになったはずだ)。でも、「いま」その『不思議の国のアリス』を大人の目で読み返すのはどうだろうとも思い始めている。


『不思議の国のアリス』はある種、大人たちと子どもたちの世界のぶつかり合う「はざま」を描いてはいなかっただろうか、とここで大見得を切ってみたい。すでに大人の世界に一歩足を踏み入れた姉が、子どもにはついに退屈でしかない挿絵のない本を楽しんでいる。そこにウサギが現れて……と、アリスはそうしてめくるめく「不思議の国」めぐりを楽しみ始めるのだが、そうして大人と子どもの「はざま」という危うい領域で成り立つ話だったと仮定すると、この『少女への手紙』もそんな大人と子どもの「はざま」にある子たちに宛てられたテクストであるとも読めてくる。それはこちこちに固まった常識や秩序が支配する大人の世界と、まだ何も知らないがゆえに驚くほど無茶苦茶・無秩序な世界の「はざま」だ。時間は常に子どもの時代から大人の時代へと向かって流れる。と考えていくと、ここには子どもが大人へと成長(いや、萩原朔太郎が喝破したように「変化」と呼ぶべきか?)する、そのとば口にあって大人の世界の神秘を見たい子どもたちを「誘う」テクストがあるとは考えられないか。


とまあ、根拠なんてまったくない暴論を書いてしまった。いや、ぼくもルイス・キャロルにならってナンセンスを一席ぶって「これが書評芸でござい」とやりたいとも思ったのである。「ルイス・キャロルって実在する人物だったのか信じられませんが、実在しない架空の生き物と信じていたわけでもありません」といったような感じで……だが、すぐさまこう書いてみていかりや長介ばりに「だめだこりゃ」と思ってしまった。まるでルイス・キャロルが持っていたキレがこれっぽっちもないことに気づかされるからである。そう書いていくと、あらためてルイス・キャロルの天才性を思い知らされる。が、キャロルはその奇抜な発想や少女たちへの思慕をどこまでコントロールしえていたのだろう。彼自身も内側からあふれる奇想に突き動かされるままに、あぶくのように「連発」「乱発」したのがこの手紙たちではなかっただろうか……というのも根拠も何もないのだけれど、でもそう考えるとこうした手紙を生涯にまめに記した1人の男のチャーミングな姿が見えてこないだろうか。

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