不死身の森

青時雨

不死身の森

「やあ、君が?」


「そうだよ」



 僕が振り向きざま出会ったのは、同じ人間の、ちょっぴり大人な男の人だった。

 ここは輪廻転生が行われる場所。天国でも地獄でもない、不思議な空間だ。辺りは真っ暗なのに、魂の受け渡しが行われる場所だけは白く発光している。

 辺りを見渡せば、僕らと同じように魂の受け渡しが行われていた。小さな小鳥から魂を受け取るイタチ、不規則に飛び回るミツバチに魂を渡そうとのんびり泳ぐ年老いたイルカ。

 ここではどんな生き物の魂も、次の持ち主に渡っていく。

 魂を受け渡す者は、死んだ時の年齢。

 魂を受け取る者は、死ぬ時の年齢だ。

 彼は大人だけど若くして亡くなったみたい。僕なんて直ぐにこの場所に戻って来て、魂を受け渡す側になっちゃうってことなんだろうな。



「ちょっとだけ歩こうか」


「うん」



 ここでは同じ魂を共有する者と一緒の時間を過ごすことが、少しだけ許されている。

 時間が来たら、僕はここのことを忘れちゃう。そうじゃないと自分の生きる世界で輪廻転生やこの場所のことを話してしまう恐れがあるからなのかな。

 神様がいるのかはわからない。この空間こそが神様みたいなものなのかもしれない。いずれにしても、神様は秘密主義みたい。

 彼は自分の人生の話を僕に話聞かせてくれた。まだ生きたことがないからわからないけれど、彼の人生はとっても幸せだったんだと彼の表情からわかる。



「この数字は?」



彼の足元で発光する淡い光。そこから生えている花々や蔓が「5」という数字を形作っている。僕の方はまだ「2」だった。



「すっかり忘れていたけれど、死んでここで目が覚めてから《戻って来たんだ》って気がついたよ」


「どういうこと?」


「私という生命はこれまでに5回輪廻転生を繰り返しているということさ。そして…これで転生するのが最後だということも思い出した」



だけど、既に5回輪廻転生を繰り返した彼はどうなってしまうのだろう。



「本当の意味で死んでしまうのかもしれないね」



考えていることが顔に出ていたのか、僕の顔を見下ろしながら彼は苦笑した。

 本当の意味で死ぬ…僕には彼の言っていることが、よくわからなかった。



「君はこれからあと三つの生を生きることが出来る、5回目の輪廻転生なんてまだまだ先のことさ。その先のことを不安に思うのはもう少し後でもいいのさ」


「そうだね、ありがとう」



 不意に、僕を迎えるかのように眩しい光が見え始めた。

 そろそろ時間が来たみたい。



「いってらっしゃい」



彼に渡された魂を胸に当てる。すると白く淡く光っていた魂が僕に溶け込んでいった。

 光に向かって進めていた足を止め、振り返る。

 彼の姿はさっきよりも透けているように見えた。



「あなたと会えてよかった」






◇ ◇ ◇






 少年が光へと飛び込むと、光はひと際強い輝きを放ち少年ごと消え去った。

 取り残された私の目の前には、暗闇と淡い光を伴った四つの白い靄が漂っていた。

 さっきよりも記憶がはっきりとしてくる。初めて魂をもらった時の記憶、初めて魂を次の生へ受け渡した時の記憶も。



「ああ、君たちは全員…」



同じ魂を共有した、なんだね。

 背の高いトナカイに、絶え間なく花弁を散らせる薄紫色の百日紅。幼い子熊に、還暦の女性。

みんな私と同じ魂を経て、生を全うした者たち。



「私が最後だから、待っていてくれたんですか」



みんな静かに頷いてくれる。



「我々は最後の輪廻転生を終えた。この先はどこへ向かえばいいのだろう?」



疑問を口にすると、トナカイは角を、百日紅は枝先を、子熊は可愛らしい前足を、女性は指を同じ方向へ向けた。

 そこにもなんとも神秘的な森が広がっていた。こんな森、さっきまではなかったように思う。

 それに、少年と話していた時魂の受け渡しをしていた他の生命たちもどこにも見当たらない。

 目の前に広がる森に一歩足を踏み入れると、背後の、さっきまでいた暗闇の空間は消えていた。

 大樹の上空には混じりけのない純白の不死鳥が羽を休めており、空は朝焼けとも夕焼けともつかない色をしていた。星もいくつか瞬いて見える。



「本当の死というのは、こんなにも安らかなものだったのだね」



 輪廻転生を終えた者たちが集うのは、不死身の森と呼ばれるどこにも属さない死後の世界。

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不死身の森 青時雨 @greentea1

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