第15話 綺麗な花には針も毒も


「ヒュースさん。今までありがとうございました」


 5日後、トウキが入院して2週間が経ったその日。待ちに待った退院日がやってきた。

 かなりの長居だ。


「うん。元気でね。この1週間は特にトウキ君のことを知れて私も嬉しかったよ。それと大会の件忘れないでね!」


「…はい。それでは」


 思うにこの2週間、人生で1番変われたのではないかと思う。エリト一行から死にかけ、魔力核でのドタバタに、図書館での出来事、魔力操作の完成、フィジカルの強化と、戦闘スタイルの見直し。どれも充実していて、トウキにとってこれほど有意義な暮らしをした覚えはなかったほどだ。


『師匠、これからどうしましょう?』


『うむ、まぁ正直今日は休みにしようとしていたからな。街に出て色々と見て回ると言うのはどうだ?』


『いいですね! じゃあ早速ーーと言いたいんですが、まずは自室に寄ってからでもいいですか? お金をいくらか持っていきたいので』


『ああ』


 最近は病院暮らしだったこともあり全くと言っていいほど家に帰れていない。家といってもトウキが住んでいる場所は寮だ。ここから20分程徒歩で行けば着く距離にある。


「寮なんですけど、在校生は皆一室用意してもらえるんですよ」


 トウキが住むその寮は男女別れつつも全部で50室ほど存在する。その中の一室にトウキの部屋も用意されていた。


『一人一室とは贅沢なものだな』


「ですね。僕も元は孤児院育ちだったのでこう言う一人部屋にはまだ慣れていないんです。もう1ヶ月も経てば慣れるとは思うんですけどーーーーあ、意外とまだある」


 誰かに取られては死活問題になってしまうからと、お金は厳禁に金庫に保管している。もしかすると嫌がらせで取られる可能性も考慮して手持ちは最低限だ。

 部屋には鍵をかけることもできる為盗みの類は防止できるが、それで安心はしていられない。


「そう言えば師匠ってどこかお金持ちの生まれなんですか?」


『ん? 急にどうしたんだ?』


 トウキはふと思ったことをミューレに聞いた。理由は別になく、単純に興味だ。

 彼女はスタイルは凛々しいお嬢様の様だが性格はかなりしっかりものという印象だ。

 金持ちなら「へぇ」という印象しか受けないし、貧乏なら「へぇ」という印象しか受けない。


「別に興味です」


『…以前のワーレが魔公子だと言う話を覚えているか?』


「幽界で会った時ですね」


 出会った時、魔族であり魔公子だとも自白していたのはトウキも覚えている。その魔公子という種族か役職かは分からないがそれにどうやら関わってくる様だ。

 ミューレは軽く頷くと、


『そうだ。それで、魔族というのは幾らかの階級に分かれているんだ。下から順に5級から1級っとな。で、それらをまとめる魔族の幹部、それを魔公子という。ワーレは上から2番目だな。家柄で言えば公爵家と同様、かなりの金持ちだな。1番は人族でいう国王みたいなもの』


 魔族の制度について軽く触れながらミューレは説明していった。内容としては人間とどうやらあまり変わらない様で、1番の権力者は国王、魔族の国王といえば魔王ということだろうか。そしてその下位に魔公子という存在がいるとのこと。ただ、それは、


「つまり実質……」


『トップ!』


「おぉぉぉカッコいいぃい!!!」


 ミューレが右腕を天に掲げ人差し指を掲げる。その様子をトウキは拍手で出迎えた。実力で言えば確かにすごいものなんだなと。魔族の数は人間には敵わないもののかなりいる。戦争で死者は出たが人間も兵士でない住民の彼等を一人残らず殺したわけでは無かった。殺してしまった国も存在するとのことだが、種族としての存命が脅かされる程では無い。


 トウキは前にも思ったことがあることを口にした。


「あっそう言えば師匠ってなんで歴史に乗ってないんですか? そんなすごい人なら載っててもおかしくないのに」


 トウキが知らないのもおかしな話だ。彼もまた英雄を目指す身、一体どれほどの英雄譚を読んできたことか。勿論裏設定も把握済み、話せというなら小一時間くらい聞かせたっていい。

 そんな彼がベルガルド・ミューレを知らないという事実。無視される存在として彼女はそう軽い存在では無かったはずだ。


 それを聞いたミューレはフッと鼻で笑いながらも小悪魔の様な顔になりながらもトウキに聞かせる。


「……決してワーレが今まで嘘をついてるわけじゃない、簡単な話だ。前に言ったろ? あいつらワーレを狡い真似して袋叩きにしたって。そんなこと本にしたらどうなる。英雄のイメージだだ下りだぞ」


「あ、そっか。基本的に人族が正々堂々やろうって申し込んで魔族が卑怯な手を使うみたいなのは物語としてよくある話ですけど、それはあくまで物語だからであって実際は全然違う。もっと血生臭いというか、正義とか悪とかごっちゃになったシーソーゲーム」


『そう、つまり実際は泥臭い戦いを繰り広げただけの仲って感じだ。場所によっては地獄みたいになってたがな。とは言え、おかしなことに本にはワーレの名前すらなかった。隠蔽するにしてもどうしても記録の一つは残っているはずなんだが。そこはどうにも言えんな』


「へぇ…」


 それは事実上ミューレという存在を卑怯な手を使わなければ倒せないと認めたがゆえの行動だということをトウキは気づいていた。そこが1番の肝だ。正面から戦う事を魔族は好み、人間は頭脳を使って敵を倒すという習性。しかし、彼女の場合、根本がかなり馬鹿げた状況では無いかと認識する。彼女の仲間が裏切ったという事は、魔族が人類側についたという事。人間の患者ではなく当時、忌み嫌われる魔族を使ったという事。それがどういうことか、


「それって…」


「ーーぁーぉ!!」


『『!!!』』


 トウキがミューレと会話をしていると、突然の声に驚き肩がビクッと反応した。

 トウキがいるのは1階から2階に上がる大きな階段の上段だ。その声の主の方を向くと階段下には人溜まりできて、発生源はそのドーナツ上の人だかりの中心の人物だと思われる。

 声に様子からして女性だ。だが中心にいたのは女性1人では無かった。


「ねぇ、いい加減吐いてくれない?」


 人だかりがあるのにも関わらずその声は寮中に響くのは彼女の声に耳を傾けているからであって、でも同時に、


「知らないんだよ! 俺たちも何が何だか…」


 攻め立てられている彼等にプレッシャーを与えるものだった。

 集合した周辺の者は、中心にいる両極の様子に注目していた。


「しらばっくれないで!! じゃあこの下着は何!? なんであんたの鞄から私たちの下着が出てくるのよ!」


 そう言い放ったのは女性の3人組で、ミューレには見覚えのある人物だった。1週間ほど前に出会った信号組だ。髪色が赤、黄、青の女性たちである。ユウという人物と一緒にいた人といえば分かりやすいか。

 それとは別にその3人の男性の真ん中の生徒ーー空色の髪色をした顔、しかしその顔には殴られた後がついていることは窺えるその矮躯な少年が、挙動不審にも悔いを開こうとしており、


「いやそれは…」


 出る言葉が出ない様で、彼等はキョロキョロと周りを見渡し、周囲に助けを求めている。彼等もまたその重要なキーの1人なのだろう。   

 ただ、その目の前には鞄が置かれている。その中から女性と思わしき下着のはみ出しが見えていた。


『下着? 盗まれた……?』


『あれを見る限りそうだな。あの3人組……。まあいいか。…素通りすれば目立つ。ここで待ったほうが良さそうだ』


 もしミューレに並ぶトウキが、これを見逃すのか。

 誰かを思いやれるトウキが、見逃すのか。そう思ったのも束の間トウキは顔を唸らせながら悩んですぐに、


『あの人達誰だろう』


 声に出さず、トウキはそれだけ思う。

 現状は見ればなんとなく想像に易いが、これほど大々的な問題はこの学園に来て初めてだ。

 そんなトウキの言葉を聞いてミューレは惚けているのかと頭を傾げる。

 問題は確実にそこでは無いのだが、いやしかしその質問もおかしい。

 トウキも彼女たちには会ったことがあるはずだ。それもまだ1週間も経ってないときに。


 ミューレは瞬きの間にぼーっとした意識を戻して、


『この前の、ユウと名乗る人物の玩具だ』


 そう言ったミューレの目に映ったのは少し前にトウキを突き飛ばした少年の近くにいた3人の女性だった。



 彼女ミューレの言葉にトウキは「えっ?」とその顔を向ける。


『玩具? ユウって誰ですか? 師匠の知り合いですか?』


 全くピンときていない。

 一体どういうことなのだろうか。


『む? まさか覚えてないのか? お前が脳死してた日に会ったじゃないか』


 脳死。

 物理的に脳が終わりかけていたあの時だ。トウキも「脳死…」っとキーワードを呟くとすぐに「あっ」っと思い出した。


『もしかして図書館に行った日ですか? …でもあの日の事は全く覚えてなくて、どこかの果物屋のおじさんと出会った事はなんとか覚えているんですけど…』


 つまりはトウキは記憶が飛んでいるということだ。そう言えば脳の処理に関して彼も、


『ちょっと…落ち着いて下さい。これ以上の情報は…本当に、死にます…』


 ーーと言っていたのをミューレは思い出した。

 あの時は限界故本気で綱渡りをしているという状況だ。だから彼の本心からの言葉でありある種のこれ以上は無理だという警鐘とも取れる。


 よって、脳が必要のない情報を捨て去ったのだろう。


『…そうか、あの日は珍しくお前も本気で苛立っておったからな。見甲斐があったのに……』


 面白かったからとミューレは誤魔化すことにした。

 トウキへの負担は小さい方がいい。

 この様子だとあの矮小な人族を助けたのも覚えていないのだろうと推測できる。それを思い出すことはまだいいし、寧ろトウキの格を上げるものだ。しかしそれ以上は思い出しても出さなくても特にこれと言った支障はない。ユウ一行に関してはぶちのめしても構わないと思うが、トウキは感情で動くようなやつではない。そんなことをする暇はないし、関わるメリットが一つもなかった。

 であればわざわざ言う必要はない。


『見甲斐…?』


 見甲斐とはどういう意味だろうか。

 トウキは頭を傾げる。

 ミューレの覚えていないことが損だという言い方は何か引っ掛かるが、それでも今集中すべきなのかそこではないのだろう。


 その後彼の意識が集中する前にまた人混みの中から声が聞こえてきた。


「これはどう説明するの!!??」


 彼女の取り乱し方は逆鱗に触れた竜の如く形相だ。それに慄きへっぴり腰にる彼等は、その戦慄く唇を精一杯動かす。


「いや、それは…で、でも本当に知らないだよ! 俺たちはいつも通り過ごしてただけで、なんで俺たちの鞄に下着が入っていたのか…」


「そ、そうです! 僕達はやってなくてーー」


 慌てる口から出る言葉は、信憑性があるとはお世辞にも言えぬもので、そこにつけ込む様にリネアが喉を震わせた。


「それってさぁ〜。言い訳にしか聞こえなくなぁ〜い?」


「言い訳…? そんなんじゃーー」


「説明できないんでしょ…っ! ならあんたたちの仕業じゃない!」


 攻め立てられる彼等に発言の間隙がないように、ただ全てが事実であるのではと収束し出していく。


「…なんで…」


 彼等の被害者か加害者かはっきりとしない態度が、鞄という証拠のもと加害者側として纏まろうとしている時、そこに事実上の彼等の負けが決まる。

 で、あるのに、


「…本当にやってないんですか?」


 俯く彼等に声をかけたのは誰でもない、3人衆の歪み合うはずの彼女、ミーナだった。


「ミ、ミーナ!? 何? こいつらの味方するの!?」


 睨むはずの彼女がまるで仲介役を担った様な行動にその他はあまり納得していない様だ。当然のことではあるが、両方の意思交換がまともにできていない今、彼女の登場は至極自然なものと言える。


「いえいえ、そういうわけではありませんが、まだ証拠はないわけですし、攻め立てては彼等が可哀想です」


「証拠ならあるじゃない! 鞄の中に私たちの下着が入ってたのよ!? あんたのだって入ってたんだしそれが証拠でしょ!」


 リーゼは足元にあるそれを蹴って指を指す。証拠の一つであり隠蔽もされていない確かな証拠品の一つ、生徒の鞄だ。


「そうだよぉ〜。挙動不審で、慌てふためいてるのも犯人だからだよ。こいつら以外に誰が犯人なのぉ?」


「確かに彼等は1番怪しいですが、彼等がもし犯人であるならしっかりその口から認めてもらう必要があると私は思います。罪の意識は持って裁かれるべきですから。しかし、犯人でない可能性もないとは言い切れないのも事実です。こんな人だかりの中心では言いたいことも言えないでしょう。ですから私が、この人達とまず話をしますよ。それからまたここで皆さんにも事実をお話しいたします。変な噂を流されると彼等がまた同じ状況になりかねませんから」


 責任があるのかどうか、そして何より本当に彼等が犯人なのか。それを彼女は机上へ持ち出した。そしてそれを認めるのかどうか、リーゼは血の上った頭で判断しようとするところ。もっと安易に考えれば見ただけで両者どちらが悪いのかは明白だ。その中で彼女は犯人が別にいる可能性を示唆してみせた。それが正しければこの論争も晴れるだろう。


「そう、あんたがそこまでいうなら仕方がないわ。いいわ。それで…? もしこいつらが犯人だったら、リオネ、アンタは責任取れるのかしら」


 リーゼはキッとミーナを睨みつけると少し震える声で言った。


「責任、ですか?」


 なんの責任が問われるというのか。責任も何も合理性のないそれに何故責任という言葉が出てくるのか。

 彼女は、


「ええ! だってもしそれでこれが犯人ならアンタがこいつらと話した分ここにいる全員が無駄な時間を過ごしたことになるわ。それに対しての責任よ」


「わぁ〜リオザ厳しぃねぇ〜」


 とはれるべき責任であるとは思えないそれをリーゼは持ち出す。確かにミーナはここで周知の事実を話すべきだとした。しかしそれが何かを対価として行うにしてはいささか強引ではなかろうか。実際、その責任を彼女に問う権利などない。それはあくまで、リーゼではなく周囲の人間が全員責任あるとした時初めて生まれるはずの規定だろう。それを、


「……そうですか」


 分かっているはずのミーナ本人は、瞳に迷いを感じさせると、すぐに背後にいる被告人に声をかけた。


「すみません、貴方達に一つだけ質問します。答えやすい様に頷くか首を横に振るかだけでいいですよ」


「「「ーーーー」」」


 黙ることはYesと捉える。そして、


「貴方達は私達の下着を盗みましたか?」


 今一度、目線を合わせるためにしゃがみ込み、3人の顔をーー瞳を交差させながら眼光の奥にある真偽を確かめた。彼等は皆首を横に振る。そしてその瞳には疑心にわずかな希望を照らしていく。


「分かりました。よく頑張りましたね」


 ミーナはそう言って彼等の中心にいる生徒の頭を軽く撫でると立ち上がり、


「それでは、もし彼等が犯人であれば…」


「「「「……」」」」


 その場の全員が息を呑む。今その空間は1人の女性ミーナによって支配されていると言っても過言ではない。そんな中で彼女がいう言葉に誰もが耳を傾けていた。


 ミーナは、胸に手を当て目を瞑る。すぐに決心した様子でその大きな瞳をしっかり開くとその場の全員に聞こえる様な大きな声で言った。


「私が10年愛した人ーーユウを諦めましょう!!」


「「「「!!」」」」


 誰しもが一瞬の静寂の後、わずかな囁きがその空間を交差する。特にリネア、リーゼの2人は、驚きと動揺が一気に心を襲い、


「な…にを…?」


 ミーナという人間を知っている2人なら、それがどれほどのものなのか、身をもって知っている。賭ける物としてのその重みが。その覚悟が。その10年がーー。


「ねぇユウって誰?」「知らないのか? 一年の中じゃ有名だぞ」「イケメンで人柄も良くて成績も優秀って噂の」「でも彼あの3人といつもつるんでいるよね」「10年って言ってたし」「こんなことに賭けてもいいの?」


 さわめきが聞こえるその場で、リーゼとリネアは何故それほどのものを懸けるのか、理解が及ばない。そんなものをかけて、喜んでいいのか。何がしたいのか。


 しかし彼女が本気であるなら、


「…分かったわ。ならさっさと話しなさい」


 認めるほかない。擦ったもんだしていたとしても、変わらないのだから。


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異世界みたいなこの世界でもう一度あなたと旅がしたい 泰正稜大 @11298011

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