第9話 図書館
図書館の中に入ったトウキ達。周りを見渡すとそこはある程度の人だかりと賑わいを見せていた。とても図書館とは思えない光景が目に映っている。
賑わいというのは少し気になる単語かもしれない。図書館は静かなところだ。賑やかなのはいただけないだろう。
だが、それもそのはず。
「活気があるな」
「一階はカフェと劇場、あとフリースペースになってるので静かにする必要はないんですよ」
カフェは主に生徒を対象とした憩いの場だ。学生割引きも効く上、毎日変わる日替わりデザートという存在もあって特に女子生徒に人気だ。ちょっとした恋バナでもしているのかもしれない。
因みにトウキは入ったことはない。メニューは見た。
美味しそうだった。で、逃げた。
仕方ないと思う。カフェに入るなら命を賭けろと昔読んだ『オールフォーワン』という本に書いてあったのだ。
入るならが命の一つは二つ賭けるには当たり前。トウキなんかは入れるようなところじゃない魔境だ。多分あそこにはドラゴンがいる。
入ったら睨まれ、咆哮(陰口)を放たれ最後にはーー。
考えただけでゾッとする。
「ーーーー」
そう思っているとミューレがトウキに向かって無情にも言い放った。
『ほう、カフェか。あとで行くか?』
「ひ、1人でですか? 恥ずかしいから嫌です」
『ワーレがいるだろ』
「まぁ」
ミューレの発言は無碍にするには流石に失礼だと思ったトウキは返事にならない返事をした。ミューレは死んでるんだから一人なんて死んでも言わない。怒られるとかそういうのは関係なくトウキも言いたくないのだ。
いくらミューレが幽霊だと言ってもトウキにとっては『生きている』。こうして会話しているし。
ただカフェはまた今度にして欲しかった。せめて一週間かけて覚悟を決めて入ることにする。今日はもとより他の目的があるのだ。
「ーーーー」
そうして話しながら入り口付近にある螺旋状の階段を上がると、門番らしき人が2人ドアの片端に立ち責務を果たしていた。その門番に学生証を見せ2階の扉を潜る。彼らは学生以外が入らない様にするための壁の様な役目を果たすために配置された警備兵だ。
生徒であることはこの図書館に入る権利を持っていることと同義であり一般人が踏み入れることを許さない。
本という財産を誰にでも見せると他国との力関係が変わる危険があるためだ。
「えーっと…」
トウキは視界を軽く左に向けて人気(ひとけ)を確認した。そちらには個別映像鑑賞場があり奥は休憩スペースと数えきれない本が広がっている。劇場での映像鑑賞はグループ用で、大画面の映画館の様な物だ。ここにあるのは個人用であり自分の戦闘を確認することができる。
3階への階段もそう少し歩けば見えてくるはずだ。
『学園とはどこもこのような設備が整っているのか?』
ふと、ミューレもそう呟きながら周りを見渡し、後ろにくるっと回ったりキョロキョロしたりを忙しなくしている。関心に近い驚きの感情を持って、でも触れられないことを悔やんでいるようだった。
確かに普通の学園にこれ程の設備なんてできていない。
「図書館がそもそもないですし、あるとしても図書室でしょうね。それでも有名な学園くらいしかないと思いますけど」
『本もかなりの数あるな。この建物は3階建か。素晴らしい建築技術だ。見るだけでも価値がある。3階にはかなりの数の書物。そして個別学習室やグループ学習室か』
トウキがいるのはまだ2階の入り口だ。だがミューレの発言は1ミリも違わずあっている。それにはトウキも「えっ」っと声に出してミューレの顔を向く。
「何で見てないのにわかるんですか?」
『ワーレは意識的に数十メートル先まで感知することができる。言っとくがこの能力はワーレ特有ではないぞ? お前も感じていたはずだ。病室で隣室にいる年増がいると』
それは昨日の病室にてトウキが口にしたことだった。
ーーーー
『五感が研ぎ澄まされた感覚があって、もう一つ。第六感というか、感覚的に物体の動きがわかります。範囲はあんまり広くないですけど、例えば僕の視線の先の病室におばあちゃんとおじいちゃんがいるのがわかる。魂みたいなものが見えて』
ーーーー
「あぁ、第六感って言ったやつですね」
今はトウキがいくら目を凝らそうとも何も見えない。見ようとすれば見えると思ったのだが上を向いても横を向いても見えたのは視界に映ったものそのものだ。
第六感とは透視のようなものだと捉えている。物理的な感知も勿論のこと生命反応も六感が用いる一端の奇特ではないかと。
しかしそれをミューレは首を振って否定した。
『第六感ではないがな。あの時はお前の魔力操作の副産物というか、下手くそだったせいでマナが散らばっていたせいでああなったんだが。まああと1ヶ月も経てば魔力操作もかなり無意識的なものになる。そのあとにこの感知も教えてやろう』
当たり前の様に教えるなんていう彼女だが師弟関係と言ってもやはり特別だと思う。
段階的とは言えミューレの教学の順番には妙に作為的な何かが存在している。
当たり前かもしれないが、どれだけ分かりやすいかという教える側としての技量とは別の何かを彼女はもっているのだろう。もしかして誰かに教えたことがあるのだろうか。
分からない。
でも、
「ありがとうございます」
『うむ』
できればいつかミューレからもう教えることはない、なんて言われる時が来るのだろうか。
まだ弟子になったばかりなので気が早いのは分かってる。っが、そんなこと言われるほど自分が強くなれる保証はないのでそこはあまり考えないようにしたほうが良さそうだ、
そうしてミューレとトウキが話しながら歩いていくと、右手に管理人が何人か並んでいる所まで着いた。
彼女等が行なっているのは本の貸し出しや元あるべき場所へ本を返すこと。あとは勉強スペースでのゴミ捨てなどだ。小遣い稼ぎにこの管理人のアルバイトなんてものもある。とは言えやっている人がいるというのはトウキ自身聞いたことはない。友達がいないから。
そして彼女等の重要な仕事がもう一つ。
それが、
「すいません、書庫を利用したいのですが」
この図書館の地下に存在する書庫の管理だ。2階3階と文献が集まる中さらなる重要文献や詳細な内容のあらゆるものは書庫に集められている。勿論立ち入りは生徒や教師のみで、他の立ち入りは管理人が許さない。アルバイトではなく正社員としての彼女等は皆かなりの実力を秘めた管理者の要だ。書庫に入りたいならまずは彼女等を突破しなければ書庫へは入れない。
「畏まりました。では学生証の提示をお願いします」
トウキは自身の学生証を管理人のお姉さんに提出する。こんな時良かったと思うのは、この眼前の人物がトウキを知るアルバイト生でなかったことだ。もしアルバイト生であれば蔑まれた目で見られたり最悪鍵を渡してくれないこともある。そういう意味では居心地が悪くなってしまう可能性があった。
最悪は回避したみたいだ。
「拝見します。では、こちらの鍵をご利用ください」
「ありがとうございます」
そうしてもらった鍵の用途は荷物をロッカーに入れるためのものだ。書庫では私物を持ち出すことは禁じられているため、持ち物は全てロッカーへしまう必要がある。
あくまでもこれからいく書庫は本を読むためにあるのでそれ以外はロッカーにしまわなければならない。
『書庫か。図書館が無料で利用できるのは学生の特権なのだろうと思っていたが、まさか地下の書庫まで無料で利用できるとは』
ミューレは書庫の存在に驚くことはないにしろ入れることには驚きがあった様で「ほえ〜」っと
ただトウキからすれば利用の否かよりこの図書館の地下にある数十万冊の書庫の存在に驚くとばかり思っていたので予想が外れて何とも言えない気分だ。
「凄いですよね。まぁ持ち物は持って入れませんし貸し出しも書庫にあるものは無理ですけど」
『それは写しを避けるためだろうな。他国に本が渡ってしまうと危険だ。失くした、盗まれたじゃあ示しがつかん』
「あぁそれでこんなルールが」
情報とは財であり宝だ。他国に簡単に回ってしまってはその内悲惨なことが起きかねない。トウキは興味がないのでそう言うモノだとしか思っていなかったがミューレの発言に納得した。
「ーーーー」
管理人の背後の通路を歩くと突き当たりに階段、その中間の左手側に大きな学園エンブレムーー十の文字を龍が囲っている紋章がある。
そこにはある仕掛けが施されている。これも初見やぶりというか、無知な人を騙す仕掛けがある。
それは、
「この紋章に魔力を通すと光って」
『透ける、か。よくできているな。階段からでは地下の図書館へはいけないようになっている』
トウキはその透ける壁から中へ入る。現れたのは四方の囲まれた空間だった。
天井から光が放出されており昼でも夜でも同様の明るさが保たれている。トウキは初めて来た時、このまるで秘密基地の様な空間にどれ程興奮していたか。
その空間では目の前には1という文字が描かれ、右には2、左には3という数字が描かれていた。それ以上の情報は何も得られないがそこ等中に魔力の残滓がついているためこれまで多くの生徒や教師が利用したのだとわかる。
「行ったことないけどあの階段無限ループするらしいですよ。一体何のために作ったんですかね」
『この透ける仕組みは案外分かりやすいし破られやすい。ワーレの魔眼だとあってないようなものだ。よって、あれがただの無限階段……と決定付けるのは早計な気もしなくもない。もしかすれば秘密部屋なんてものも…』
「えぇ…考えすぎですよ」
仕掛け自体は何かしらがあるのは事実だ。初見殺しの様な子供っぽい仕掛けではあるが。
ともあれ、トウキは3という数字に触れて魔力を流す。先程エンブレムに魔力を流して反応させたのは布石だ。この数値も触れると魔力に反応するように作られている。この部屋に関しても判別があって生徒や教師、他関係者しか作法しないのだとか。どういう仕掛けかは全く理解できない。
あの四方に囲まれた空間は地下一階〜三階の入り技つに転移するシステムになっている。1、2、3と描かれているのは1階2階3階ということだ。
トウキ魔力を流すと僅かに光りそして部屋からトウキの存在が消える。
ーーーー
「着きましたよ」
転移先に広がる世界は、書庫への入り口だ。禁書庫ではないかと疑うほどの本の量が見られる通称大図書館。その場所は少し呼吸をしただけで紙の匂いが鼻腔をくすぐるほど。
当然物静かでものすごく落ち着く花園のみたいな場所だ。
目を見張る程の考えられない数の叡智の数々に感動するのは何もトウキだけではなかった。
トウキの隣に立つ彼の師も、出る言葉も出ずただ固まっていた。
「一応言っときますけどここは三階です。二階に行きたかったら階段でも行けますし奥に今のと同じ仕組みの部屋があるのでそこからーーーーって師匠? どうしたんですか?」
『……ぇぁ…』
「ーー?」
トウキが説明していく一方ミューレは完全に蚊帳の外だった。正直トウキの説明とかどうでも良かった。
声を出そうとしても喉がつっかえて声が出ない。フラフラを落とした手が、身体をと共に戦慄している。
昔からそうだ。昔からこの光景を望んでいた。戦時、ただ戦いに勤しみ、戦略を組み、時々悪ふざけをし生きてきた。
したいことができず死んだ無念。
これがどれほど、一体どれほど苦痛であったか。だが今それが叶う。
眼前に佇むその輝く書籍。
抑えた気持ちが今、解放されるーー。
『う、うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
「うひあっ…!」
『おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!! らはははははははははははっ!! らーっははははははははははははは!!!!!』
「ーーーー」
広がるのは視界全てが本棚で埋め尽くされた絶景だ。
一体何十万冊あるのだろうと、まず最初に浮かぶその光景。空飛ぶ本。空中に浮かぶ文字。この階にいる管理人の仕業か、生徒が読みたい本を映像のようにして空中でイメージ化されていたり。
誰しもが夢に見るような叡智の詰まった天国。それがあった。
『ワーレが来たぞぉおおおおおおおおうぉおおおおおおおおおおおお!!!!』
「うるさ……!」
その知識の根源は誠実な生徒達が訪れやすい空間と言えるかもしれない。否、馬鹿がここにきても本を読みたくなるのではなかろうか、
奥に学習室というのがいくつかある。
書庫の規模としては奥行きは二百メートル程だろうか。突き抜けで一冊の馬鹿でかい本が空中で浮遊している。面白い仕組みだ。
天井は十メートルほどあり地下2階への階段は左右の端に存在している。
「お、奥に2階への階段があります。これで地下3階までありますからーー」
『知識だ! ワーレの知らない知識がそこにあるぞ!! おい何してる! 早く行くぞっ』
「えっ!? ちょ!! し、師匠!? ここは図書館ですよ? 静かに…いや別に静かにはしなくていいのか。師匠幽霊だしーーーーーって、えっ…ち、ちょっと待ってくださいよ」
ミューレがあちらこちらを見回る中トウキはその後を追う。どこに何があるのかジャンル別に記されているため読みたい本がどこにあるかが分かるのだが何文数が多い。
この中からミューレのお目当ての本を見つけるとなると一体どれだけ時間がかかるだろうか。
△▼△▼△▼△
入り組む迷路のような本棚が規律良く並んでいる書庫ならぬ大図書館。
一歩歩けばすぐに新しい知識が転がる叡智の居間とも言える静かな景色のそんな場所。
背の低い物もあるが当然背の高い物もある。
「ん、ん〜〜。と、とれない……」
未だかつてこれほど背が欲しいと思ったことがあるだろうか。
何度挑戦してもその少女は絶対的な身長という壁に苦戦して高所にある目当ての本が取れなかった。
才能に今更ケチをつけるわけにはいかない。どこかに椅子の一つでもあればよかったのだが、
「もうちょい。あと…ちょっと……」
精一杯その手を伸ばして叡智(本)を掴む。何故こんなことに時間を使っているのかと思うが、どうしたって仕方のないことだった。
「…椅子は……」
横着しても意味がない。
このままじゃただ時刻が刻まれるだけだ。
まだ諦めないのはそれほど価値のある本ということなのだが、
「ない。無様…」
見渡してみても視界には足場となる物がない。
そのことに少女は拳をギュッと握って、その怒りを眼前の本棚にぶつけてやろうかと拳を上げる。
許さない。こうなればこの本棚を叩き割ってでもぶん取ってやる、と。
「これであってますか?」
「あえ?」
そうして詰みと罪の状況に嘆くその時、希望を掬い上げてくれたのは偶然通りかかった少年だ。
その少年は白髪に赤目の童顔をしていて、ここではかなり珍しい様子をしていた。
このフレア王国では黒髪や白髪は偶に見かけるが赤目と合わさればその数は随分と減る。少女も赤目の白髪にあったのは初めてだ。
正直、その少年は見ればよく目立つ。
「え? あ、はい。ありがとうございま…」
珍しいその顔をしっかり拝んでみようと少女はその人の顔をはっきりと見た。
童顔で可愛い系のイケメンと言ったところだろうか。
でも少女にとっては叡智をとってくれた希望の神。そう、神対応である。
しかし改めてお礼を言わなければと土下座の1つでもしようかと思われた時、ちょっとした手違いでミスを犯してしまった。
「へ? あっおっおぉ……」
お礼を言う前にすることではない。彼女は人を見る時いつもしてしまうルーティーンと言うべき悪癖だ。
見ない様にしなければいけないものを見ようとしてしまう習性。
それがーー、
「……」
彼女はまるで時が止まったかのように動かなくなってしまった。変なものでも見たかのように。
それは彼女の特別な体質の一種が原因だ。彼女はその瞳で魔力の性質を見ることができる能力を持ち得ていた。
通常この癖は誰にでもできることではないが、誰にでもできないわけじゃない。
魔力に敏感な存在であれば魔力の性質について触れることはできる。分かりやすく言えば霊感が強い人もいれば弱い人もいると言えば分かりやすいだろう。
彼女は分かりやすい側だった。それも近くに寄られるとほんの微力な意識で見えてしまう。
その力でいいこともあれば悪いこともあるので悪だと邪険にできない癖ではあるのだが、
「…き、きれい……」
その彼女の瞳に映り込んでしまったそれはまさに自然豊かな大地そのものだった。揺れゆく風に吹かれるような風のざわめきと膝ほどまで成長した花や草木が自分の体をくすぐるようなそんな世界観。
そこらの一般人では感じ得ないだろうその魔力の精度が織りなす異常気象。ただただ綺麗で、美しくて、穏やかでーー。
「あの……どうかしましたか?」
その少年が語りかけると同時にぼうっとファンタジーのような世界に引き込まれた少女は意識を精一杯現実へ引っ張ってくる。
そしてちょっと作り笑いして、貰った本を抱きしめたまま勢いよく顔を横に振った。
「え、あ、い、いえ、何でもないです」
ここで魔力の話なんてする必要もない。変な人だと思われたくないし、この本も読みたい。
その少年は少し戸惑いの様子を見せて笑って見せた。
「ーー? そうですか。それなら良かったです」
少年はそれからこの場を後にしようと足を動かそうとした。
彼はただ困っていた少女を助けたいと思っただけの様でそれがより一層少女からの印象を良くしていく。
もしかしたら私がこの本を早く読みたいと言うのを察しているのかもしれない、これは無意識の心遣いなのか、と。
当然そんな意図は少年にはなく、何となく助けて去ろうとしただけだ。
そんな少女を横目に少年はおかしな方向へと頭を向けた。そこは誰もいない通路の方で、なのにその少年はそちらを向くと口を開いた。
「…え? いやそんなんじゃないですよ。…分かりました。どこですか? え? もうそんなとこまで見たんですか?」
まるで誰かと会話している様な、幻聴でも聞こえているのかと疑う発言ばかりで彼女は一歩引く。
「…あ、あのぉ、何を」
「ん? あぁいやすいません。何でもないです。それじゃあ失礼します」
その少年はひどく意味のわからない会話をするとその場をすぐさま離れていく。意図の読めない人というよりおかしな人という認識へと一歩後退だ。
優しそうな顔ではあったし魔力も綺麗だったけどそれ以上に、
「変わった人」
感想としてこれ以上適切な感想はないだろう。
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