第7話 仕組み
ここは病床。ミューレの憑依が終わりこの現世というべき現実に戻ってきたトウキ。
気がつけば意識を手繰り寄せることに成功していて、そして自身の魔力が明らかに変わっていることにも気がついた。
身の底にある魔力量が上がっている。大体前の2、3倍くらいだ。
疑似世界で見た魔力ほどではないにしろかなりの量になっている。
仕組みは全くわからない。でも、まるで用水路がゴミで詰まっていたのを少しだけ取り除いたような、そんな感じだ。
これほどの魔力は初めてだ。
だが喜んでいる時間はなかった。
持っている魔力量が増えたとは言え、今はその魔力を操作することに意識を集中させなければならない。
今は急に増えた魔力が不安定なせいで体とのバランスが成り立っていないからだ。増えた魔力量を体に慣らせるという作業をしなければならない。
もし、何らかの事情により魔力増えてその身の器を遥かに超えたものとなる場合やその張本人が魔力操作技術を持たない場合体が魔力に耐えられなくなり大怪我をする可能性がある。
だからトウキは今瞑想をしている。
「ーーーー」
自分が知らない魔力の質。その魔力の量。溢れんばかりの魔力量を今、彼は感じている。
ミューレの魔力を見て思ったことがあった。
彼女の魔力はどうしてあれほど優れていたんだろうか、っと。
一般に優れているという表現は定義さえていないが魔力は持ち主の性格を表す性質がある。
力強い魔力だったり弱々しい魔力だったり、華やかな魔力だったり刺々しい魔力だったり。
ミューレの魔力が見るものを魅了するような美しい魔力だった。普段は勝気な性格をしていそうな彼女からは少し違和感がある。
果たして彼女の性格はどうなのだろう。
わからないことだらけだ。
だが優劣と性質は全くの別物だ。
性質は先に言った通り数えきれないほど存在する。その性質は単に人それぞれあるだけで力強いから優れているとか弱々しいから劣っているというわけではなかった。
優れていることは即ちどれほど魔力がこの世界に順応しているのか。魔力をどれだけ自然に動かすことができるのか、である。
以前のトウキは淀みがあって弱々しくも力強くもない魔力だった。それこそクラスみんなから馬鹿にされるほどに。
だが今は少し違う。擬似世界から帰るとトウキの身にはミューレのいう魔力操作の基礎ができていて、それをそのまま今も持続していた。
以前とは違う透き通る魔力。それを感じながら魔力を回していく。
ミューレがトウキにさせようとしていたのは、魔力の運動過程について理解させることだった。魔力がどこから体へ運ばれるのか。そしてどこへ行ってどう利用するのか。それを理解して初めて魔力の使い方がマスターできる。
『気分はどうだ?』
寝るようにずっと目を閉じたまま微動だにしないトウキにミューレが話しかける。彼女の目には彼の体の中の魔力運動がしっかり見えている。
拙いが悪くない。
だから、
今の感覚を忘れないように言語化したほうがいい。
そんなミューレの思惑を知ってか知らずか、トウキは目を開けると落ち着いた声で説明を始めた。
「すごく落ち着いています。今までは目で見て判断したり耳で聞いて反応するばかりだったけど、今はなんか違うんです。五感が研ぎ澄まされた感覚があって、もう一つ。第六感というか、感覚的に物体の動きがわかります。範囲はあんまり広くないですけど、例えば僕の視線の先の病室におばあちゃんとおじいちゃんがいるのがわかる。魂みたいなものが見えて」
『随分な成長だ。にしてもあれだな。何でお前は急に魔力操作ができるようになったんだ?』
ミューレの質問にトウキは頭を傾げる。
意識が戻る時には魔力よく感じ取れるようになっていて、しかもそれが気分のいいものだったから続けただけだ。
「さぁ、それはわからないです。意識が戻ったら勝手に魔力が上手く体を回っていたのでそれを自分のものにしようとしただけで」
トウキも不器用ながら答えた。
彼の憶測ではてっきりミューレが何らかの手助けをしてくれたのだと思っていた。
実際彼女は「感じて実践しろ」なんて言ったものだから尚更だ。
「ーーーー」
ミューレは特に顔色を変えることはなかった。
予想外ではあったがトウキの魔力操作は基本が何とか出来ている。
であれば特に口を挟む余地はない。
「ふーん、まぁ、教えずしてできたなら時短にはなったし問題はないのか。だがその代償に呪われでもするのかもなー」
だが教えずにできるなど少し生意気ではなかろうか。
調子に乗っているかもしれん。
考えようによっては、魔力核での戦闘のに勝った報酬だと思えば分からなくもない。
あれは一種の封印だった。
封印の一つがとけたのだ。
それが原因でトウキの魔力が増えている。
とは言え、世の中それほど甘くはない。
恩恵を受けたとて調子に乗ってもらっては困るというもの。
しかし眼前にいる少年の潜在能力もミューレは認めていた。
だからちょっとビビらせてやらねば。
「え、ほ、本当ですか?」
トウキはミューレの言動に真面目に驚き、不安そうに胸や腹を触った。
人間にしても魔族にしても純粋だ。
その反応に満足したミューレは少しニヤけながら、
『嘘に決まってるだろ』
「うっ……。し、師匠人が悪いですよ!」
『らははは、馬鹿を騙すのは一種の娯楽よ!』
「……」
怒るわけでもなくただ何故か恥ずかしさを感じたトウキに彼女は調子のいい顔をする。
「大丈夫かな……でもさっき投げられたし…絶対に忘れないようにしよう」
なおも彼は不安を横切らせ、そういくつか呟いていた。
心配性なのは彼の欠点かもしれない。
『成長したと言ってもお前の魔力操作はまだダメダメだ。代償を求められるほどじゃない。だが気は抜くな。これから常にその魔力操作を行うことを心がけるんだ。体が頑丈になるし傷の回復促進にもなる。最初の方は副作用で体がかなりの速度で回復するがだからと言って勘違いして馬鹿な行動には出るなよ。いずれ回復速度は落ち着くからな。落ち着いた後は今みたいな傷をもう一度負えば全治二週間はかかってしまう』
「に、2週間ですか? 十分すごいじゃないですか。瀕死から2週間で全治してしまうなんて」
『どうだか。以前のお前よりは確かに十分と思えるだろうが、種族によっては瀕死から1日経らずで全治する者もいる。そう考えればあまり浮かれてはおれんぞ』
この世界には数えきれない異種が存在する。人間は一種と数えられるが魔族は違う。
魔族は様々な種族の総称だ。
「そ、それはちょっと怖いかも。でもそれに負けないくらい頑張ります。この傷も大分よくなってきましたし」
『らはは、威勢が良くて結構! その調子を絶やすなよ』
「はい」
トウキは調子良く反応した。戦うにあたって重要な魔力を得ることができた。
これは闇雲な将来の歩みに光がさしたようでトウキにとっては物凄く嬉しいことなのだ。。
ミューレには感謝しても仕切れない。
しかしトウキも嬉しいと感じる一方、それを素直に認められない理由がある。
それが、
「それにしてもなんだったんですか? あの魔力核」
結果的には丸く治ったから良かったものの。最悪トウキがあの世界で死ねばこの現実に戻ってこれなかったのではないだろうか。
『さぁな、詳しいことは言えん。が、ワーレが思うにあそこは擬似世界でワーレ達は魂としてあの世界に存在していた筈だ。ワーレも魔力を使うことに弊害はなかったしお前もまたワーレの予想の範疇の行動しかすることができていなかった。つまり言ってしまえばあれは魂のぶつかり合いと言えるものではないかと思っている。魔力核の意思とワーレ、おぬしの魂の戦い。ま、全て憶測に過ぎぬことだがな。考えてもしょうがない。今はただ修行のために英気を養っておくんだ』
「……難しい話ですね…。確かに僕が考えても答えは出なさそうです」
未知であることを知ろうとする精神は褒めるべきだ。だがミューレの憶測は現実離れしすぎて納得するにも難しい。
トウキも一般的な知識しかないのでそういうこともある、と思うしかない。
『安心しろ。いつか向き合う時が来る。お前の魔力が少し戻ったことも、まだ魔力を全て取り戻せないことも』
トウキの魔力が封印されていること。これはいつか彼が向き合わなければいけない問題だ。一つ目の封印は解くことができた。
一つ目の封印を解く条件は魔力核に触れる事。あの手を掻い潜り、足を地面に立たすことを許さず四面楚歌を強要された状態で心臓化した魔力核に触れる事だ。それも魔力の制限された状態で。
よくよくーー否、考えなくても分かる。
『不可能なんだよなぁ。こいつが自分で封印解くの。人任せにしやがって』
「…? 何か言いましたか?」
『何でもない。』
病床の隣に座るミューレは腕を組みながら封印について説明した。色々と話すべきことはあるが、一気に教えても覚えきれないだろう。
「…そうですか。…ん? 誰かいる」
今の研ぎ澄まされたトウキの感知が左に見える扉の向こう側の人間を捉える。
感知したのは長髪の女性だ。身長はそれほど高くない。そして片手に何か大きな器のようなものを持っている。どうやら医者ではないようだ。
なら考えられるのは、
「誰ですか? ミラ?」
「…あ、あれ? どうして分かったの?」
「何となく」
現れたのは授業のため半ば無理やり追い出したはずのミラだった。
一難あって忘れそうだがあれから同日である。
「そっか。果物持ってきたよ!」
「そのために戻ってきてくれたの?」
「うん。今日の授業はもう終わったから」
ミラがとっている授業はどうやら3限までだったらしい。トウキが魔力操作を試みて今まで3時間が経ち現在は15時だ。授業後わざわざ街まで出て果物を買ったということになる。
「あ、ありがとう。街に出てまで買いに行ってくれるなんて優しいね」
「たまたま街に用があって寄っただけだよ。ついでに買ってきたの」
学園から街まで30分は掛かる距離だ今ここにいることを考えると友人と遊ぶためではないというのは分かる。これからいく可能性もあるがそれは良いとしてではどんな理由があるのだろうか。
「そうなんだ。何の用事?」
トウキは単純んな興味で質問する。
「……パシリ」
「パ、パシリ? ミラが…?」
彼女は使い走りをしたという。
流石にトウキは疑いを挟む。
ミラが誰かの言いなりになるなんて考えられない。
変なことを言うようだが彼女はどちらかと言うと他人に貢がれる側。
具体的に言えば何も命令しなくても独り言を挟めば勝手に周りが動いてくれるような有名人だ。人格者でもある。
学園には現在派閥というものが存在するが、彼女も派閥の一人だった。
存在するのはミラ派閥、ガバト派閥、ゼロ派派閥の3つでありミラ派は当然ミラを主体とする『
これはミラン生独特の風習のようなもので、それぞれ1つのスローガンの下に成り立っている。
ミラ派は楽観的な英雄。ガバト派は絶対的な英雄。ゼロ派は無比の英雄だを掲げているらしい。
これは生徒のイメージと実際に関わった上での印象により決まったものな為決して本人が掲げている訳じゃない。
とは言えただのファンクラブのようなもので、同じファンクラブでのコミニュケーションを取ったりお互いを高めあったりなど、入るだけである程度のメリットがある小規模な崇拝団体である。
そんな彼女が、
「パシリなんてさせられる訳ない。絶対嘘だよ」
「ーー。ふふっバレた?」
ミラは頭を傾げながらも笑顔を作った。ミラは周囲の人には分からないがトウキやフヨには頻繁に嘘をつく。
それで和むことがあるし、彼女に嘘をつかれても怒りが全く湧かないのが不思議だ。
「あ、そう言えば果物屋に寄った時にすっごい可愛い女の子がいたの!!!」
「へぇ。でもミラはいっつも可愛いとかカッコいいとか言うからあんまり当てにならないよ?」
「そ、そんなことないし!! 本当に可愛かったんだから! でもね、その屋台の店長はすっごい厳つい人だったの」
「母親似ってことなんだろうね」
トウキは左の棚に置かれた果物に手を伸ばす。林檎やバナナなどたくさん買ってきたらしい。1つだけ赤色ではなく黄色の林檎があるが果たして食べられるのだろうか。
気になってそれを食べてみた。
一瞬、変な味がした気がしたがその後は物凄く甘かった。今まで食べた林檎の中で1番美味しい。何か特別な林檎なのだろうか。よく分からない。癖になりそうな味だ。
「私はどっちなんだろうねぇ」
ミラは少し濁ったような瞳でそんなことを言った。お互い孤児院であり両親の存在は知らない。
ミラは7才の時から孤児院にきたらしいけど出会った時から妙に大人びていた気がする。よく笑う性格のせいで孤児院では人気者の一途を辿っていた。
トウキは8歳のころに孤児院に預けられた。自分の詳細は知らない。覚えてないのだ。
それは兎に角、ミラの温厚な性格は、
「母親似じゃない?」
母親のように思う。全く確証はないが。
「どうして?」
「何となくかな」
「勘かい!」
ミラもトウキもガバトも両親はいないとされている。ガバトに関しては両親を小さい頃に亡くしたのことだがミラとトウキは不明だ。
ミラ曰く知らないの一点張りなので知らないのだろう。
トウキは親の情報を一切持っていない。
思い出そうにも頭痛がしてくるので今までほとんど考えないようにしていた。
「ん、そうだ。さっきドアの前で男の子が声かけてきたよ。ここはシキの病室なのぉ? って」
「え?」
シキ?
誰だろう。気配は全く感じなかったけど。ミラが嘘をついているとは思えないし。
『今のお前が気づかないとなると中々骨がありそうだな』
『そうですね。しかもミラと話したのに気づかないって相当気配を消すのが上手い人なのかもしれません』
ミューレも何者かの隠蔽能力を認めていた。
彼女も実のところ気付いてはいなかったが、今のミューレは何をするにもまず自分、そしてトウキ、更に外界と繋げる必要がある。
そして現在ミューレはトウキを伝って魔力を使用してはいなかった。今のトウキは魔力操作を何とか行なっている状態だ。そこに無闇にトウキを使って魔力を使うことは彼の体内の魔力を乱すことになる。
「どんな人だったの?」
「水色の髪の子。知り合い?」
「僕友達いないから」
トウキの友達に水色の髪色の人はいない。そもそも友達がいない。特に自分に尋ねてくることなどもってのほかだ。
「あ、あぁそう。ご、ごめん」
「謝らないでよ。もっと辛くなる」
その人が誰かはわからないが多分自分を訪れたわけではないのだと思う。隣室にいる人に用があったのだろう。つまり、
「まぁ部屋間違えただけだと思うよ」
「うん。じゃあ私はそろそろいくね。いい子にするんだよ?」
「こ、子供扱いしないでよ!」
「ふふっじゃあね!」
そう言って彼女は病室を出る。
今日1日で色んなことがあった。
でもどれも心が躍ることばかりだ。
自分の変化を自覚しながらもトウキは魔力を回し続けた。
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