第5話 不可解な魔力核①
「て、照れとらんわ! さっさと目と瞑れ阿呆め!」
「あはは、分かりました」
トウキはそのまま目を瞑る。視界に入る自分の下半身が布団の凹凸でわかって左にミューレがいる。
それがゆっくり暗闇に紛れいずれ真っ暗な世界の完成だ。
今まで魔力だけに集中する機会は何度かあったがそれでもこうやって瞑想のような形で全く力を入れずにというのは初めてだ。
『それじゃあ始めよう』
ミューレはそう言うと椅子から立ち上がる。
ーーーー
憑依と言っても相手は生きた生物。
例え小僧が意識を失っている状態でさえ憑依をすればふたつの自我がせめぎ合い死ぬだろう。
憶測だがほぼ確実と見える。とは言え、ならばどうするか。
それはーー、
ミューレは腰に常備する魔拳銃をその手に取る。昔魔界にて有名な鍛冶屋に造らせたSランクの伝説級の武器だ。ミューレの魔力を込めることで対象者と魔力回路をつなげることができる弾丸を発射させることができる。
ミューレは拳銃をトウキの脳天へ向ける。
そして、
『せいぜい死なぬようにな』
そう呟くと同時に、その引き金を迷わず引いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
人間は皆魔力を持っている。魔力核というタンクに蓄えそこから体全体へ浸透していき常に定まらぬベクトルで走り続けている。
そんな魔力核に、彼の意識は飛ばされていた。
視界が暗いというより真っ暗な世界そのものに立っているようだ。
周りを見渡してみても変わらない背景。変わらない感覚だ。
トウキは自分の手や体を見てみる。不思議なことにその色も匂いもはっきりしていた。
手は皺の隅々まで見えるし力をグッと入れると握力の感覚はある。
どうやら五感は正常のようだ。
真っ暗と言っても視界は僅かに見える。
さてどうしたものかと、トウキは周囲を見渡した。
誰もいない。
『わあああぁぁぁ!!!!!!』
『ひあああぁぁ!? ミュ、ミューじゃなかった師匠!? お、驚かせないでください!』
突然右耳の鼓膜を破らんとする爆音。ミューレが背後から大声で叫びながらトウキの方をガッチリと掴んだのである。
心臓が止まる。
本当に止まる。
驚きを通り越して死んでしまいそうなほどにトウキは飛び跳ねた。
ここにいるだけでも粗相するくらい怖いのに。何て凶悪な魔族なんだ。
エリトの100倍悪趣味である、
トウキの大きな反応をふっと鼻で笑うとミューレはあるものに注目した。
『あれは魔力核だな』
『え、あ、あれが魔力核なんですか?』
確かに真っ暗な世界ではあるがあくまで背景が全てそうであって光が全くないわけではなかった。
トウキとミューレの視界の先には今半径2メートルはある球体が浮いていた。そこに光が確かにある。
正体は魔力核らしいがそれは兎も角、何がそれを形成しているのかはすぐに分かる。あれは、
『魔力…で造られてますね』
中心部には計り知れない魔力が詰まっており、表面から感じる魔力だってバカにならない。
『大した魔力量だ。もしかすればお前のいう十傑とやらと肩を並べられるんじゃないか?』
2人の前に現れたのは見ただけでも測りきれない魔力量だが。
確かに十傑のような英雄になれる程の器と言っても間違いじゃないかもしれない。
とは言え、世界一がどれほどのものなのかトウキは知らない。最強の一角と言われる十傑の実力。いつかは見てみたいが、見る機会なんてあるわけないからあたり適当なことも言えない。
『それはどうでしょう。そもそも僕たちはどういう状況なんですか?』
眼前のものが何かは分かった。
あれは魔力核とのこと。
ピリピリとした感触を肌で感じながらトウキは腕を一瞥する。
問題はここはどこで自分たちが何をすればいいのか。
『恐らく此処はお前の心創世界ーー簡単に言えばお前の中の魔力が作り出した擬似世界だな。所詮猿真似の浅知恵だ』
それはミューレが魔力核に向かっていった言葉だった。
でも「お前の魔力が作り出した」っということはトウキの意思が作り出したということではないのだろうか。
なら馬鹿にされているのだろうか。
まるでトウキの意思が浅知恵で滑稽だち蔑まれているようだ。
『僕のこと馬鹿にしてないですよね? バカにされた気がするんですけど』
『戯け。お前の干渉できない世界故どう蔑めというんだ。それよりも問題はなぜ此処に連れてこられたか、だ。本来ワーレはこんな場所に来る予定はなかった』
「え? 来る予定なかったんですか?」
『当たり前だろうが。ワーレはただ単にお前の体の魔力を操作するといっただろう。にも関わらずこのような素朴な豚箱へ連れてこられるとは。予想もしななんだ』
確かにミューレはこんな真っ暗な世界に行くなんてトウキも聞いてない。
薄気味悪いしいち早く帰りたい気分だ。
だがよくよく考えてみたらおかしなことだと思う。
ミューレが憑依して自分の魔力を動かそうとしたらこの世界に連れてこられた。
まるで魔力核自体がミューレの立ち入りを許さないみたいじゃないか。
意思のない魔力に限ってそんなはずはないはずなのに。
しかし、
『ま、来てしまったものは仕方ない。今更考えるのも浪費だ。あの魔力核に干渉してみる他ないな』
『干渉ってどうやるんですか?』
『触れれば良いだろ』
『大丈夫ですかね』
やらぬよりやれ。
どうせ此処でできることは限られてる。
惰眠を貪るのも一興だろう。だがそんな暇はない。
何よりーー。
『心配は無用だ。ワーレのそばにいる限りお前は傷一つ付かんだろうよ』
ワーレの強さは随一、っと付け足される。
数万の民を全員守れと言われているわけじゃない。1人を守れと言われているのだ。
であれば難儀なし。
そんな師匠の自信にトウキも覚悟を決めた。
『よ、よし……! じゃあそれを信じますよ』
そう言ってトウキは腕まくりをして10メートル先の光の球体である魔力核に近づいた。
腕を回しちょっと強がりを見せながら大丈夫だと言い聞かせる。実際は怖くて冷や汗が止まらない。
だがやるしかない。
意を決してその魔力核に触れると、
『『!!!』』
その球体は重低音と共に脈動し発光。その後間髪入れる間も無く無数の純白の腕が飛び出した。その腕がトウキの左腕を掴む。
「え?」
飛び出してきたのは一本じゃない。その他の数え切れない純白の腕のどれもが数十センチから数メートル、そして数十メートルへと伸びていく。
『チッ』
ミューレは舌打ちをしすぐにトウキを抱え十数メートル背後へ僅かコンマ数秒で跳んだ。
まるで転移を思わせるスピードだ。
それが彼女の身体能力の高さゆえなのかそれとも能力なのかはわからない。
空中に飛んだミューレは右腕でトウキを抱たまま残りの左腕を地面につけてスライドすると、そのまま低い姿勢を保ったまま着地する。
ミューレは五体満足。
だが、横で汗を垂らす少年の方が問題だ。
『な、なにが……』
トウキの左手が光の粒となり消し飛んでいた。
『傷ひとつつかないと言った矢先これだ。カッコつかないったらありゃしない』
何がどうして…。あの一瞬、掴まれた瞬間既に左手から少し光の粒子が漏れた。それを見るや否やミューレが彼を掴み退避したのだ。
息を引き攣って死を自覚する。
そのまま跪くトウキはそれ以上の言葉が出なかった。
驚くのも無理はない。
さっきまでただの発光する球体だったものが一瞬で脈動し腕でできた血管に巻かれている。
その上、ベロができたと思うと次は歯ができそして唇ができ口ができる。
「ーーー♪」
腕は数百を軽く越え未だ健在。出てきたまま引っ込まない。
つまりは魔力核という存在が意思を持ち警戒しているということだろうか。
『不気味だな』
ミューレは目を細める。
あの音は何だ。
あの脈動は何だ。
あの手は何だ。
あの魔力は何だ。
魔法による構築は見られなかった。
魔力による構築のはずだが。
その手そのものが魔力、そして供給器官はそのまま魔力核と言ったところか。
『今は瞬時に消えたワーレと小僧を感知するために時間がかかっているようだ。すぐに感知されていないということはこの世界全体にアイツの魔力が張り巡らされているわけではないということ。あいつが作った世界なのに?』
不可解。
真っ暗であるのに朝のように目がはっきりとしている矛盾。
魔力構築なしに詠唱もなしに魔術ではなく魔法を使っているような不可解を起こす矛盾。
その不気味さは無闇に飛び出すことを躊躇わせるものだ。
ーー通常ならば、だが。
ミューレは違う。
涼しげな服を纏った彼女は自身に魔力を纏わせた。
莫大な魔力量を身に纏い一呼吸置く。
彼女が纏う魔力は自然界に溶け込めるほど澱みのない、そして美しい魔力だった。
そんな彼女は構えをとることなく今度は左手でトウキを脇で抱えると一言言い放った。
『危険なのは危険だが、それは小僧にとっては、だな』
ニヤリと笑うミューレの言動が相手に届いたかどうか。それがわからないくらいのタイミングで二百程度の真っ白な腕が次々とこちらへ襲ってきた。
ミューレの動きはその手の動きが動いてからのミドル回避だ。
最初はまっすぐ飛んできた腕を上へ飛んで回避する。
核はミューレがいる空中で次々と手を伸ばしてきたが、それに対し彼女は飛行による回避で距離を取ったまま避け続けた。
ミューレのスピードは魔力核にも感知された側からその場を消えるような超高速だ。
瞬間移動を思わせる転移のような速さを可能とし、しかし襲ってくる手は一定のスピードでしかないためミューレを捕まえることができない。
『異形ではあるが、やわそうだな』
まずは実験だ。彼女は右手に魔力を握る()。
魔力を極限まで濃縮したものをあらかじめ決めていた型へ流してあるもの作成した。
できたのは魔力できた槍だ。頭と足の両方が鋭利な串のような槍。それを彼女は魔力核ーー心臓部へ勢いよく投げつける。
『らははッ!まずは小手調べだ!!』
ミューレは魔槍を大きく振りかぶると肩から肘へ、そして腕へと重心を利かせ風と共に投げつけた。目にも止まらぬスピードで放たれたそれは魔力核を突き刺さんと一直線に突き進む。
『……ぁ…ぃ』
だが高速で飛ばされた槍は見えない壁によって防がれる。魔法だ。
口がついているのは魔法名を詠唱するためか。
その間ミューレはすぐに魔力核に手をかざす。そしてグッと力を入れ拳を握った。
するとーー、
『け…かぃ』
『喋れるのか、まあいい勝手に守れ。ワーレもお前も壊すとこいつが死ぬ』
ミューレはそう言ってトウキを一瞥する。
結界の強度は見定めた。であれば向かってくる邪魔な手をまずはどうにかする必要がある。
どうすればいいか。その方法をミューレは結界外の周りを全て爆発させることにより手を根から壊すことにした。
『ーー!! あ、あれ!? い、一体何が!? へ? と、飛んでるう!?』
今更現実に戻されたトウキはふわふわしていた意識がすっかり元に戻ったようだ。
左手の欠損という現実を受け入れることができず考えがあらぬ方向へと独り歩きしていたがいつまでもぼーっとはしていられない。
『あの手は少々厄介だな。魔法が使えるというのにわざわざ魔力核から直接繋いで作っている。通常魔法とは魔力を練り魔法陣により変換し放出する。つまり出力、変換、放出という流れだ。だがあれは出力、変換の段階で放っている。あれ自体が『核』なのだから出力がないというなら理解はできる。だがあの手は放出をしていない。つまり魔力が常に魔力核と繋がっているわけだ。それを考慮するに恐らくはあの手に触れれば魔力を吸われるかそれとも生命力が吸われるか。お前の腕が魔力として吸い取られたのを見ると、いや、こいつ自身全てが吸い取られれば一体どうなるんだ? その意味では生命力を吸っていると考えても良さそうだが、どちらにせよ面倒だ』
『どういうことか全然わからないです!』
『らはははッ。それはいつか教えてやろう。………ん?』
ミューレの説明を口頭で理解することは難しい。一応学園でも同じようなことを学ぶことになるのだがまだトウキは学園に入って間もない。だからそこはいつか教えるとしてーー。
それよりも問題が起きた。ミューレの爆発させたはずの腕の根っこ付近。結界付近の魔力が増えている。
考えられるのはミューレによる魔法の影響だ。爆発に使った魔力の残滓が吸い取られそして全体に散らばした魔力が少しずつ魔力核へよっている。
つまり、
『あいつワーレが爆発させた魔力を喰いおったぞ』
『ま、魔力を!? なら魔法使えないんじゃ』
正確に言えば使っても意味がない。使えば使うほど向こうに魔力が吸われるだけだ。
これは中々手が折れそうだ。
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