第4話 ワーレとトウキの不思議
「ーーぃーーぁーぅ」
「ーーなー俺がース」
声が聞こえる。
誰かの話し声だ。
内容は聞こえないけどそれは周りがうるさいからじゃない。
静かな場所だからか自分が妙に落ち着いているのがわかる。
意識をつかんだと自覚するその時、ようやく重い瞼をゆっくりと上げることができた。
その赤目に映る景色ーー知ってる天井だ。
「俺はもういく。テメェも次の授業あんだろ」
「うん。私はもう少しここにいる」
「そうかよ」
聞き覚えのある声だった。
ガバトとミラのコンビ。
ミラの前ではガバトもそこそこ落ち着いている。
ガバトだって常に怒っている訳じゃない。普段は温厚な性格だから少しギャップがあるけど。
「はぁ、相変わらず薄情ね。もっといてくれてもいいのに」
静寂が訪れたかと思うと、ミラが独り言をポツリと呟いた。
薄情だと彼女はいうがそんなことはないと思う。
わざわざ見舞いに来てくれるのだ。
そこに優しさこそ感じることはあっても薄情だなんて思わない。
癇癪な正確であるにも関わらず心配して見舞いに来る。
こういうところがフヨの良いところだ。
「フヨはああ見えて、しっかり者だから」
「にしてもよ。だってトウキがこんな大変な状態なのに自分は授業あるからって出ていくのよ? こんな時はサボっちゃうのが普通でしょ?」
「普通ではない、かな」
「普通だって! ……………え…?」
「おはようミラ」
全身包帯で巻かれたトウキが静かに腰を起こす。痛みが全身を鍼で刺されたように痛いがどうやら死は免れたらしい。
「うぎあぁぁぁぁでたああぁぁぁああ!!!」
「出た!? 幽霊!? いっ…」
「あ、だ、大丈夫!? ごめん急に大声出しちゃって」
ミラの反応がトウキの想像の何倍も大きくて彼も体をビクッとさせる。そのせいで痛みが身体を駆け巡り、歯を食いしばることになってしまった。
ミラも涙目で心配する。
「大丈夫大丈夫、それで、ここは医務室だよね。僕はどうなったの?」
「どうなったの? じゃない! 何やってたの!? トウキ死ぬところだったんだよ!?」
「え? ま、まぁ色々とあったかな。死ななかっただけラッキーだったよ。あはは…いてっ。何で殴るの!?」
「知らないッ。無茶なことするからだよ!」
「あはは」
「笑い事じゃない!」
「…はい、すいません…」
面目が立たないとはこう言うことだろうか。ミラには頭が上がらない。
多分ミラのことだ。ずっとそばにいてくれたんだろう。
相変わらず彼女は優しい。
「ミラが僕を助けてくれたんだよね」
「助けれてないよ。トウキボロボロだもん」
「それでも助かったのは事実だから。ミラのお陰だ。ありがとう」
「…うん」
いくら全身包帯で巻かれようと助かったのは事実だ。もしミラが来てくれなかったら助かっていなかったかもしれない。
「そういえばエリトはどうなったの?」
「あいつはトウキより先に退院したよ。あっちも相当酷かったんだけどね。魔力でなんとか守ったみたい。罰として3ヶ月停学だって。ざまぁないわ」
「そ、そっか」
「……? 怖くないの? 殺されかけたのに」
怖くないのか。
その答えは過去か現在かで異なる。
確かに戦う前は少し怖かった。だが思いの外粘れるのは分かったしミューレの殺気と比べると今更ーー。
「別にもう怖くはない、かな。僕でも足掻けるくらいの力はあるってことが分かったし。寧ろちょっとドキドキしてるかもしれない…」
今までミューレが逃げていたと言う意味が理解できるほど、今生きているからこそ感じる。
あの戦いには意味があったと。
変わるきっかけとしては、ふさわしかったかもしれない。
「変わったねぇトウキ」
トウキだって変わりたいと思う意思はある。それを行動に移せなかったことに問題があっただけだ。
「それより、授業後1分で始まるよ。早く行かないと」
「いいよどうせ遅刻するし」
「ダメだよ。僕の無事を心配して授業サボろうとしてたんでしょ? 僕はもう大丈夫。はい、じゃあ行ってくださーい」
「え、ちょ、トウキ!? 私まだーー」
「はいはいもう終わり」
ミラがそれ以上言う前にトウキは彼女を閉め出す。こんなことを言うのも薄情だが、これ以上いてもらっても話すことはないし、何よりミラがサボるのに背徳半を感じる。
優等生だと特に一つの授業をサボっただけで周りに気にされ、親にバレた時は何とも言えない感情になるものだ。
まあ一番の理由は、
「まさか夢じゃなかったなんて。師匠何でいるんですか?」
病床の隣にある木椅子に座る彼女、ミューレのことが気に掛かったためだ。
『知らん!! お前と契約した瞬間、もっといえばお前に触れた瞬間ワーレ達は光に包まれた。そして霊体である私は何故かお前に取り憑いた。そこに何らかの因果でも働いたのだろう。まったく、迷惑なことだなぁ!!』
「死ぬほど嬉しそうですね!?」
「当たり前だろう!! 100年だぞ!? あんな何もない豚箱に何の理由があって居座ろうか! 今この時すら興奮が止まらんわ!! らはははーーわはっ!?」
彼女はそう言うと、あまりの歓喜に椅子から笑いこける。学園の病室はいくつかありこの病室はトウキしかいない個室ではあるが、かなり広かった。
瀕死だったからちゃんとした病室に寝かせてくれたんだろう。
「それにしてもこの体。ちょっと動いただけでもすごく痛い。特にこの背中」
『事情は聞いたぞ。派手に屋上から落ちたようだな。恐らく背を上に向けて倒れたのだろう。着地に神経を注いだ結果だ。まぁ、助かったのはただの運だろうがな』
「なるほど。……というか、師匠幽霊ですよね。ミラと話せたんですか?」
『んなわけあるか。ガバトとか言うやつと女が話しておるのを聞いただけだ。奴らにワーレは見えないようだった。ワーレと話せるのはお前だけ。よかったな』
ミューレは脚を組み右手を膝掛けに置きながら顎の少し左へ置く。妙に様になったその姿にトウキも特に何も指摘することはなかった。
「そうなんですね。何で僕には見えるんでしょう」
『……それは色んな因果の結果と言えるが、まぁ今はいい。まずは明日までにその傷を治せ』
「……あ〜……ん? は、はい!? 明日!? 無理ですよそれは流石に! 魔力を通したって回復するのに一週間はかかります!!」
上半身は言うまでもなく下半身だって数えきれないほどの細かな傷と大きな切傷がある。魔力を使わないような一般人であれば半年以上かかってもおかしくない重症だ。
「それを明日なんて」
『それはお前の魔力操作が稚拙ちせつだからだ。こっちへ来い。教えてやる』
トウキの魔力操作が稚拙である。
これは世間一般として適切ではなかった。
理由としてはまずトウキぼ魔力操作はかなり緻密だ。
魔力量の問題で他との才能の差があるのをわかっているため魔力操作の方を日頃から鍛えている。
でなければ英雄学園にも入学できなかった。
『まずお前はいつもどんなイメージで魔力を流してるんだ?』
「イメージですか? そんなの考えたことないです。以前に人体にある心臓の中、魔力核には魔力が入っていてこの魔力核にどれだけの魔力が入るのか、それを魔力量又は魔力許容量というってことは学びましたよ。それで魔力を引き出す方法は筋肉に力を入れる感覚と同じように力を入れれば出てくる。だからそれを身体中に回す。これが魔力を流すまでの行程だって教えられました」
イメージといえばこの筋肉に捻り出した魔力を流すという感覚くらいだ。他にも心臓部に魔力があるような感覚や筋肉以外の何か暖かな見えない物質を感じながら行うと魔力は使うことができる。
これは一般教養の代物でありこの世界全体でも伝えられる基本中の基本だった。
そして魔力がない生物は存在しない。
戦える魔力を持った人限定で見るならその数は全体の6割ほどいる。
残りの4割の人族は戦闘を行うほどの魔力量を持っていない。
『ゴミみたいな説明されるんだな。仮にも教師ではないのか? まるで赤子を相手している丁で説明しているようだ』
「ゴ、ゴミって…」
確かに説明が適当な気がするが、そもそも魔力という概念自体がまだ有耶無耶うやむやだ。
空気中の魔力の素であるマナ。それを呼吸により体へ蓄えそれを使用する。それが魔法であり能力であると言われている。
魔力は何となく見えるがマナはまったく見えない。感じ取ることだけはできる。
そんなマナという見えない存在を研究できない限り魔力とは何かがわからないのだ。
つまり研究しようにも中々進まない。
だから世間一般に、魔力とはあくまで『不明物質みち』でありその仕組みと力を真の意味で説明できるものはいないとされている。
『魔力操作のノウハウも知らぬ若造ルーキーか。どうやら魔力が人体を流れる行程から説明する必要がありそうだ。まず、魔力というのはマナの集合体だ。言わば理想気体だと思えばいい。魔力核に溜め込まれた魔力は表面張力により血液や血管、骨や臓器などに付着しそのまま不規則に蠢うごめいている。お前のいう力を入れる感覚というのはそれら不規則に暴れる魔力を乱暴に外部へ捻ひねり出しているということだろう。そして溢れさせた魔力を操作する。これを魔力操作としているわけだ」
「なるほど…それってダメなんですか? 魔力は使えるんですよね」
乱暴にというミューレの言葉には引っかかるところはあるけど最終的に魔力が使えるという事実は変わらない。
過程が違うと魔力は使えない訳じゃないからトウキが言う方法も正解だ。
そう思っていたのだが、
「確かにそれでも魔力を使用することはできる。だがその場合外へ放出されている魔力はあくまで皮膚から近い外部のみ。臓器などに存在する体の内部の魔力は使用できない。お前らの方法ではせいぜいが7割。才能があって8、9割程度だ。とても10割全て使用することはできない』
それはトウキの聞いたことのない事実だった。考えてみれば確かに筋肉に力を入れる感覚だけで体の底にある魔力を利用できるかと言われれば何となくそんなことはないような気がする。
ーーじゃあ、
「どうすれば良いんですか?」
『自分で考えろ。内部の魔力も使いたい訳だがそのためにはどうすべきだ?』
どうすべきかと問われても困る。
魔力なんて何となく力めば出るものだ。
考えられるのは内部に使っていない魔力があると言うのなら普段よりもっと力を入れれば全部出せるのか、と言うことだろう。
しょうもない答えしかでない。
「ふむ、少しヒントをやろう。ワーレの言葉に答えは隠されているぞ」
考えて暫く、唸るトウキを見かねてミューレが口を開く。
彼女の言ったことを振り返るとやはり気になるのは不規則に蠢うごめいていると言う部分だ。
体のどこへ魔力が伝っていくのかも気になるけど内臓付近の魔力をどう動かせば良いのかと考えた時に複雑な話になってどうしたら良いのかわからなくなる。
「不規則な魔力を規則正しくするっていうのはどうですか?」
『うむ、そうだな。そうすれば流れができるからな。今のお前は氾濫した川のように魔力がどこへいくかわからん状態だ。だからお前自身で道を作ってやれ。そうすれば魔力も綺麗に回る』
あり得ないような、でも妙に具体的な知識は真実味があって、トウキの常識を壊してくれるものばかりだ。
世界で普及されていない知識。ミューレのような、トウキとは別次元の強さを持つものだからこそ知り得る情報である。
「すごいですね…」
トウキはその言葉の意味を誰より理解できる自信があった。
彼の学力は魔力に偏かたよれば学園内でトップクラスとも言える。
低いと思われた魔力をどうやって工夫して使えばいいのか。
それは昔から考え込んだ課題だ。だが現実はそれ以前の問題であるとミューレの話で分かる。
放出した魔力の使用法じゃなく放出までの魔力の動き、そこに着眼ちゃくがんすべきだった。
『だが魔力操作というのは全部で4段階あってな。ワーレ以外に完璧な魔力操作をできた強者つわものは僅か少数だ。人類側にもいたにはいたが』
「……十傑じゅっけつ」
『……? 何だそれは』
「100年前、魔族と人類の戦いに終止符を打つに至った10人の英雄のことです。魔族側の大罪司教を倒したって言われてるんですよ」
魔族にも人類と同じく派閥はばつがある。その派閥は7つ。傲慢・強欲・嫉妬・憤怒・色欲・暴食・怠惰派だ。そしてその布教者ふきょうしゃが大罪司教たいざいしきょうである。
彼等を倒したのは人類の英雄ーー十傑だとされている。諸説しょせつはあるがーー。
それでも十傑ならその魔力の運搬方法を使用している可能性がある。
『あいつらを倒した? となると私の知っている者かもしれないな』
「知り合いなんですか?」
『ああ。共に戦った戦友だ。幼い頃からよく遊んでいた」
司教が戦友。その言葉に驚きと疑いを持たざるおえない。勿論本当であればかなりのビックニュースである。
しかし、一方で現実離れしすぎて嘘をついて虚勢きょせいを張っているようにしか見えない。
僕は有名人と友達なんだっと豪語する人は時々いる。
自分は十傑と知り合いだとか友人だとか嘘を言って騙されたことも少なくなかった。
「……」
『おい、その目はまさかワーレを疑っておるのか!?』
「あはは、そんなバカな。それより魔力操作の練習をしましょう! どうすればいいですか?」
トウキは作り笑いで何とか誤魔化す。
ミューレはそれを怪しい瞳で見るが、信憑性がないことも事実だ。だからそのうち認めさせてやろうと決心する。
『まあいい。どうせ痛い目を見ることになる。それじゃあ方法について教えてやろう。やることは簡単だ。お前は目を閉じて魔力を感じることだけに集中しろ。ワーレがお前の体に憑依ひょういし魔力を動かす。そしてその魔力の流れをお前が覚え実践じっせんする』
「ちょ、ちょっと待ってください!? 憑依!? 憑依できるんですか!?」
『お前の許可があればな。今お前とワーレは魔力や他の力で繋がっている。よって憑依することは可能だ。どうだ? やるか?』
「……ちょ、ちょっと怖いですけど、やります」
『まぁそうだろうな。ワーレは魔族だ。そう簡単に受け入れることなどできるはずもないだろう。だがこれが成功すればお前は必ず1段階……いや、2段階以上次のステージへ進化することができる! ワーレの手を取ることを畏怖するその心は同調の意を示す。が、それでもワーレは………ーーーーーーーーーーーーー……ん? は、はぁ!? お前今なんて』
「え、やりますって。憑依するんですよね。さぁ、どんとこい!」
「……」
ミューレの予想とはまったく異なる反応。流石に彼女自身も呆れた。
魔族だ。
ミューレは魔族だ。
人類の敵対種アンチなんて言われた時代がある敵だ。
今だって腐敗ふはいしているとは言え魔族を嫌悪する者も、ましてや憎悪を抱くものなんいて珍しくないはずだ。
憑依なんて馬鹿げた行為人間同士だって怖くて出来ないだろう。それほどの信頼関係、家族か親友か。それほど親しいものでないと受け入れるはずのない博打ばくちだ。
『お前…何でこんな博打に乗り切れるんだ。体を乗っ取られるとは思わないのか? バカなのか? 阿保だろ』
「失礼じゃないですか!? 僕だって憑依が博打だってことくらいわかってますよ!!」
『じゃあ何でそんなに真っ直ぐ受け入れているんだ! ワーレを逆に取り込んでやるなどと思っているのか? そんなことは天地がひっくり返っても不可能だぞ……!!』
「何で師匠が疑う側なんですか……。僕言いましたよね。師匠と出会った時に」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『普通私に近づくと皆怯えて話せなくなるはずなんだが。なんでお前はそんなに普通でいられるだ?』
『それはなんでか分からないです。でも僕は何となく生き物を見ると魔力の色でその人がどんな悪い人かどうかはわかるんです。なのでそのせいかもしれません』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ーーって。師匠と初めて会った時に実は見えたんです。魔力の色が。冷たい青と暖かい赤、ちょっと黒い部分もあったけど邪悪な感じはしませんでした」
『それは信頼する要因としては些か不足しているのだろう』
「勿論それだけじゃないですよ。僕が師匠を信頼する理由は、僕が何故か師匠に親近感を覚えているからです。会ったこともないのに不思議ですけど」
「……」
実のところトウキにもここまで信頼を置く理由はわからない。別にフヨやミラのように昔から一緒にいたわけでも家族のように親しい仲でもない。まだ会ったばかりの魔族だ。
でも、単に堂々としているところや、どこかで会ったことがあるような気がして、
「それに、師匠ってそういうことする性格じゃなさそうなので」
勝気な性格のように感じるが邪悪な雰囲気は見られない。
話す時も目を見て話してくれるし、そこに思いやりも感じた。
だから大丈夫だとトウキは思う。
ようは、
『勘か。まぁお前が信頼するというのならいいだろう。ワーレとお前は師弟関係。お前を最強にしてやる意志はある』
腕を組む彼女は照れ臭そうにそう言い切る。やっぱり魔族らしさがないと感じざるおえなかった。
「なんか…照れてます?」
「て、照れとらんわ! さっさと目と瞑れ阿呆め!」
そう言ってミューレは慌ててトウキの頭を叩く。幽霊なので痛くない。
トウキはそれを『情の深いところもあるんだな』と思いながらその相合そうごうを崩した。
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