第2話 反抗


「みんな凄いなぁ。ヒロもフヨも、幼馴染として誇らしいや」


 教室で帰りの支度したくを進めるトウキはひとりでにそんなことを言う。


「昔はいっつも一緒に遊んでいた2人が今や世界トップクラスの学園の一年上位者か。いつか十傑みたいに強くなったりして」


 彼らの才能は他を寄せつかないものがある。 

 宝石で例えればダイヤモンドやエメラルドのような存在。

 トウキが一生手の届かないという意味では如実にょじつな例えではなかろうか。


「僕はそこそこの人生を歩むんだろうな」


 それに対し、自分のお先真っ暗な人生設計には何の将来性も見えないのが悲しい限りだ。ミラン生であることは彼にとって誇りだ。

 最底辺だとしてもミラン生というだけで国から重宝されるし働き口だっていくらでもある。だがそれでもやはり最底辺ともなればそこそこの役割、金持ちの護衛やお世話がかりが関の山だ。


「まあどうでもいいか」


 トウキも呆れながらそんなことを今考えてもと頭を横に振る。自分にとっては関係のないことだ。


 だがその時だった。


「そうだな。お前の人生なんてどうでもいい」


「ーー!?」


 唐突に響いたその声にトウキは振り向く。そこには長髪の金髪男ーーエリト・イースニスとその一派、3名がいた。

 さっき自分を虐めてきた4人組だ。嫌な予感が脳裏をすぎる。

 しかし、同時に視界を映してみれば、彼自身を目を剥いて驚いた。


「え…えっと…その顔、誰かにやられたの?」


 彼らの顔は大きく膨れ上がっており、特にエリトは原型がわからないほどの有様だ。

 トウキに与えられた痛みの数倍は受けているかもしれない。

 まるで目一杯頬を膨らませたリスの様で、トウキも同情せざるおえない程だ。


「うるさい…っ! どうでも良いだろそんなことは! 黙ってついて来い!」


「いや……でも僕はこの後約束があって」


「黙れって言ってるだろ。いいから来いよクソ能無がッ!!」


「ーーわかったよ」


 彼の怒りの矛先はやはりトウキのようで、思わず顔を睨ませる。

 何故あんなにもボロボロなのかはわからないがそんなことはどうでもいい。彼らにはいつも抵抗する意味がないことがわかるほど殴られた。




 ガバトに言われた通り、多分自分は、諦めてしまったのだと思う。最初から彼に選択肢なんてものはない、諦めれば楽、考えないようにすれば良い。そんな、無様な逃げ道に駆け込んでいるのだろう。




ーーーー




「どうしてこんなところに呼んだの?」


 エリトについていくこと数分。やってきたのは校舎の屋上だった。

 夕陽ゆうひが立ち昇るそこには時間が遅いせいか誰もいない。

 わざわざこんな何もない場所に足を踏み入れることなどトウキも滅多めったになかった。


「どうしてなんて野暮やぼなこと聞くんじゃない。僕がこんな顔になってるのが見えないのか!? 目ついてるのかよ!?」


「そ、そう。でも……それと僕が連れられるのに何の関係が」


 あるとすればただの憂さ晴らしだ。日々の鬱憤というより今の鬱憤うっぷんを晴らしたいがための暴力。それが、


「僕だ。僕の顔は綺麗なんだ!! 美しいんだ!!! 美麗びれいなんだよ!!!! なのにこんな……!! ガバトの奴が……!!」


「ーー? フヨ?」


 エリトの顔面崩壊。

 その原因がどうやらガバトとのことらしい。  

 だが彼は元々憂さ晴らしと言って誰かに暴力を振るう人間ではない。確かに凶悪な性格と暴力的な口調だが、トウキは知っている。

 フヨは他人に死ぬほど厳しいがそれくらい自分にも厳しいということを。だからアイツは慕われているし、だからこそ、


「フヨは…そんな人じゃない…」


「そんな人じゃない? 何だそれは……お前、僕が嘘をついてるっていうのかい!?」


「オレ達はあの野郎に殴られたんだ!」「俺たちはアイツに何もしてねぇのによぉ!!」「許せねぇ!!」


「でも……」


 ガバトーーフヨがやったとしてそれはトウキに何の関係があるのか。それはトウキには分からなかった。彼らは理不尽にやられたことの憂さ晴らしをしたい。ただそれだけじゃないのか。


「でもじゃない!! お前のせいだよ…!! お前がフヨリアと仲良くなんてするからッ!!」


 そう声を荒げると彼らは持ち前の剣を鞘から抜き剣先をトウキへと向けた。学園での武器使用。それは、


「なっ! ま、待ってよ!! 校則違反だよ!? そんなことしたら…!!」


「うるさい!! 僕に命令するなああぁぁああ!!!!!」


 両者の了承りょうしょうなしに戦闘を行ってはならない。それはこの学校の鉄則だ。トウキの虐めはあくまで素手による暴行であったし間違っても殺傷能力がある攻撃ではなかった。それでもダメなのだけれど、人目につかない場所であれば何もなかったのと同じだ。此処もまた人気のない場所。

 でも今回はそれとは大きく異なる。


「ちょ、ちょっと!」


 向かってくるいくつもの刃物。まず正面から振り下ろされたエリトの剣を体勢を崩しながらも横に倒れて何とか回避する。続いての一派3人の攻撃。君らも攻撃してくるのかと、驚きの表情を見せながらやってくる初撃は首あたりに振り下ろされる。

 それを倒れた体勢を戻すことで回避した。続く横薙ぎを更にしゃがみ何とか回避。最後に踏み潰そうとする4人目の攻撃を前のめりになりながら前転して回避。


「あぶっ」


 攻撃はまだ止まらない。


「避けるな能無!!!」


「そんな無茶言わないでよ!」


 エリトはすぐに地面に剣を刺しそしてトウキの方向に振り上げる。すると地面を荒削りしながらまるでサメが表面を泳いでいるように斬撃が飛んできた。


「飛翔撃!? いや、地撃……っ!?」


 向かってくる斬撃はおそらく彼の能力によるものだ。魔力を斬撃にして地面に通す。地面に入れた一瞬だけ蜘蛛の巣の魔力線が見えた。魔力を意図上にして繋げる魔力線。つまりそこから蜘蛛の巣上に魔力線を通し魔力の斬撃を泳がせる技だと推測できる。


「避けれるもんなら避けてみろ!! その斬撃は地面を伝って追ってくるぞ!」


「うわっ!? ちょっ!?」


 迫り来る地撃を何とか避けるも蜘蛛の巣上に貼った魔力線を伝ってまた戻ってくる。しかも凹凸を利用して高い位置に移動しようにも壁を伝ってやってくる。厄介なのはそれだけじゃない。その斬撃は、


「ほらほらどんどんいくよ!!!」


 1つだったものが2つへ。2つだったものが3つへと増えていく。うまいことにこれはトウキをロックオンすることで彼のみに反応する追尾型。増やされれば増やされるほど厄介で、トウキには防御手段はおろか攻撃手段すらない。


「何でこんなことするの!!?? このままじゃエリト君が退学になっちゃうよ!?」


「そんなの知るか!! 惨めな生き方をするくらいなら死んだほうがマシだ!!!」


 そう言って斬撃を六つまで増やすエリト。今トウキが避けられているのはその斬撃が均等な蜘蛛の巣上でしか動かないこと、そしてそれを踏まえて一つ一つの動きを予測しながら動いているからだ。安置あんちの場所がどこなのかに目を光らせながらトウキは身体に魔力を通して筋力と反射神経を強化し避け続ける。

 幸運なことにエリト一派3人が攻撃してこない。何とかなっている原因としてはこれが大きかった。だが今トウキに出来ることはそれだけだ。攻撃しようにもリスクが高すぎるし、防御しようにも威力がどれほどか掴めない。それに、


「リーチが足りない……」


 トウキが使っている武器はエリトやその一派が使っている剣だ。種類は違うが武器種は同じ。しかしトウキの弱点は魔力の少なさにある。彼は一般魔法師を少し下回るほどの魔力量しか持っていないのだ。魔力量というのは魔力を入れる器であり大きければ能力の効果も大きい。そして彼は能力すらまだ持っていなかった。これが才能の差と言われ世間一般に言えばトウキは持たざるのもという認識になる。


「避けてばっかでいいのか!? 僕を倒すか防御しないと攻撃は止まんないぞ!」


 醜悪に笑う彼を横目にトウキはただ走るだけだ。厄介なことにこの斬撃エリト自らが動かしているわけじゃない。これは自動追尾型。つまり言ってしまえばエリトは今フリーだ。だからこっちが攻撃しようにも斬撃とエリト自身の両極との対面を強いられ、しかも彼の斬撃はまだ増やすことができるときている。彼の斬撃最大数が15というのは風の噂で聞いた。現状6つ。しかしそれすら避けることに神経をかなり使うトウキにその数は回避不可能だ。つまり攻めようにも彼の感情線を無闇に触れることはできなかった。


「防御なんて……うおあっ!! 危なっ」


「随分としぶといな。腐ってもミラン生か…? じゃあこれでどうだ!!」


 と思えば、エリトがまたいくつか剣を地面に刺しこちらへ振り上げる。斬撃数は10個。こればかりはかなりまずい。更に、


「…え、でか……ッ!?」


 斬撃と斬撃が交差した途端お互いが共鳴するように一瞬だけ2倍ほどの大きさまで膨れ上がる。これで不意に跳んで上に避けるこはできなくなった。退路が狭まっていく。さっきまで見えていた退路達が今は2つほどしかない。このままじゃ完全にジリ貧だ。やることは避けてばかりだが対策を立てようにもそんな余裕がないない。希望があるとすれば、


 ーーミラが来てくれるのを待つこと。


 ミラが来てくれればこの戦闘は収束する。

 エリトは地域的に見ればかなり強者だがこの学校全体で見ればトウキと同じく落ちこぼれだ。もしここにミラが来てくれれば。彼女の力の前に屈服するはず。


「いい加減死ね! 無駄な足掻きはするな!」


「そんなの無理だよ! みっともなくても君に殺されるなんてそんな無念な死に方はーーー嫌だ!!」


 トウキの拒絶と一緒に彼は斬撃に剣を合わせる。力一杯の腕力で踏み込みからの前のめりになり方の一撃だ。

 剣に纏わせた魔力量から斬撃が抹消できるかなんて火を見るより明らか。

 だからトウキはその足から僅かに魔力を地面に離す。

 そこで僅かに浮き出たエリトの魔力でできた蜘蛛の巣の経路を見てタイミングよく斬撃の経路変更を行おうという算段だ。


「はああああぁぁぁぁああああああ!!!!」


 重すぎるその斬撃を正面切手対峙する。その斬撃の余波で頬が切れ、足元が足の踏ん張りで浮き出てくる。


「!!」


 その結果エリトはその眉を上げた。理由は自分の斬撃が軌道を変えたからだ。

 トウキの作戦は何とか成功し斬撃はトウキの左方向の横薙ぎにより左へ方向転換する。

 とはいえ稼げる時間は僅かだ。ほんの数秒届くか届かないかの瀬戸際せとぎわである。

 しかしそれが可能であるという事実がトウキにとっては重要だ。


「なっ! あいつエリトさんの攻撃をずらしたぞ!! どうやってそんなことを!!」


「能無の野郎、僕の能力の構造を理解したのか。無能という意味での能無呼びはやめだ。これからは才能無しという意味で君を能無と呼んでやる!」


「うっぐ……ぬぬ…おっも……ッ!」


 斬撃はまたもや挙動を変える。エリトの仕業だろう。斬撃との交差による共鳴。それが次は交差時ではなく被った時に常に共鳴する仕組みに変更されていた。

 それに気づいたのはトウキが斬撃の路線を変更するコンマ数秒前だ。

 そのせいで想像の数倍の重みの斬撃を剣に乗せられーー。


「うああぁっぁああああああああ!!!」


 魔力量の管理をもっと細かく効率よく行い、その他魔力をすべて剣へ。持ち手を両手で持ったまま今度は左へと叩きつけるように乱暴に振るう。そうしてやっと線路を変えた斬撃はまたすぐにこちらへとやってくる。このままではあまりにも不効率だ。

 そう思ったトウキは、


「魔力を一瞬だけ、下に!!」


 屋上は見渡せる程広い。だからこそ屋上全体に貼られる蜘蛛の巣の全体像をまだ把握できていなかった。

 だから一気に魔力を地面に伝えていく。

 するとトウキの足元から数秒間ずつ光の波が伝っていくように魔力が発光していくのが見えた。


「…よし、覚えた」


 エリトの能力はある意味几帳面な彼の性格が出ているものだ。効率のいい魔力管理がしやすい魔力撃。そのための魔力線。魔力路の方がこの場合は正しいか。

 しかしこの構造は蜘蛛の巣構造ということもあり所謂規則正しい構造なため覚えるのに時間が必要ない。

 トウキが同じ能力を使うならもっとぐちゃぐちゃな魔力線か又は魔力線を変更することのできる能力にするだろう。

 そうすれば不規則にべらぼうな攻撃が四方八方から向かわせることができることによりもっと相手を錯乱できる。

 

「後は時間稼ぎだけに集中……」


 トウキの当初の目的は時間稼ぎだ。魔力線はもう覚えたし共鳴する斬撃も3重である3倍のものまでは何とかなるということがわかった。小さな斬撃は全力の魔力をすべて込めれば何度か撃ち合うことで撃ち消せる可能性すらある。当然リスクは大きいため下手にはできない。だがここまでくれば大丈夫だと、そう思っていた。


「え? ーーーッ!!??」


 安心したのも束の間、視界のサイドから莫大なプレッシャーが放たれる。


「お前……無能者だろ……なんでまだ生きてんだよ……何でまだ息してんだよ……やらねぇと俺が……くそっ能無! お前程度の魔力で、僕の予想を上回ってんじゃねぇ!!」


「ーーーッ」


 突然放たれる魔力波は空気砲のように全体へ飛ばされた。抉られた石や埃が足下に飛んできてそれに思わず目を見開いてしまう。彼の焦りの正体がわからない。何故ここまでエリトはプライドに敏感なのか。


 エリトと共にいる一派も流石にやりすぎではないかと焦っていた。


「な、何でそんなに君は僕を嫌うんだ!? まだ入学して1ヶ月しか経ってないのにーー」


「魔力とは才能だ。才能とは価値だ……!!お前は能無。才能がない、価値がない人種だ! なのにアイツは! ガバトのやつはお前より、いや一般人より僕のことを価値がねえなんて言い出しやがった!! 僕はそんな能無じゃない! 人の上に立てる生態系上位の捕食者!!!僕は崇高すうこうで美麗なーーーエリートだ!」


 絶叫すると彼の身からさらなる斬撃が飛ばされる。これでマックス15の刃やいばだ。

 15となると捌き切れるかどうか。共鳴のお陰で15枚同時は何とか避けられそうだがそれでも重撃となる攻撃を安易あんいに考えることもできない。それにあの取り乱し様ーー。


「どうやらあまり時間がかけられない様だ。ミラがこちらへ来ている。面倒な……能無、これが君の狙いかい!? だとしたら残念だったね。後数秒で方が付く!」


 ミラが来ることを感知し戦闘を焦ぐエリト。トウキにとっては最悪の状況だ。これじゃ持って2分が限界だろう。もっと少ないか。1分だ。1分しか持たせられない。


 ーーだったら、


「だったら……っ!! 数秒じゃなくて今方を付ける!」


「やってみろ!!!」


 エリトに勝てない。これは事実だ。トウキなりにいい戦闘はできたと思うし、誰から見ても及第点だ。だからもっといい結果を。もっと善戦を。そんな貪欲な感情の元、彼は剣を地面に差し込んだ。そしてエリトが作った魔力線を断ち切り。


「ーーーッ!? お前何を……」


「もう地面はズタズタだ。僕だって闇雲やみくもに動いてたわけじゃない。ここは屋上。エリトくんの能力にはあまり相応しくない戦場だ」


 屋上を駆け回ったのには理由がある。一つ目は攻撃を回避・分散させること、または防御しやすい状況を作ること。そしてもう一つは、時間稼ぎ。だがそれ以外にももう一つ、


「まさかーーーッ」


『やられることを受け入れんなや虫唾が走ル! しょうもないことに努力すんなッ。お前がやるべきなのはあいつらを一発ぶん殴ることだ。それをしねぇで腕だけ守るとか馬鹿かよテメェ!』


 それはガバトに言われた事だ。ミラン生なるもの。否、ガバトの幼馴染なるものがみっともない醜態を晒すなという事だろう。

 ならば無能者なりに最後だけは『反抗』しよう。


「それじゃあ…お互い無事を祈ろう……」


 その言葉を最後にトウキの剣が崩壊の鍵となって地面はどこからともなく崩れていく。捕まる場所もない。すがる誰かもいない。人間は飛べない。どこまで壊れるかわからない校舎。ある様でない足場。終わりを告げる崩落のゴング。


「そっそんな!!」「俺たちまで!?」「ギャアアアァア死んだぁぁああああ!!!」


「……そんな……僕が…」



 その場にいる生徒は…崩壊するその校舎でただ、自分御身な幻想を抱くばかりだった。


 トウキもまた同じ。ただ、将来性の見えない自分が死んでも、もういいやと言う諦めを抱いていた。



 ーーここが、僕の人生の転機だとは知らずに……。

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