異世界みたいなこの世界でもう一度あなたと旅がしたい

泰正稜大

学生修行編

第1話 無能力者


「今日はここまでにしてやろう、能無」


「ーーーッ」


 ーー人生は、不平等だ。


 それは、実力社会における真理であり、今、少年が抱いている気持ちである。


 此処はフレア王国。世界的にはそこそこ発展しているこの国にはある一つの伝説が眠っていた。

 それは実に100年程前の話。魔族と人類による人魔戦争において、人類が苦戦を強いられていた頃、人類側に属する十人の英傑が魔族率いる全ての敵を排除し、人類の大望に花を咲かせたというもの。

 絶望を希望に変えたその英傑を人々は奇跡の英傑ーー十傑と尊ばれ、それは以後永久に語り継がれている。


 そんなミラン英傑にはある一つの共通点があった。

 曰く、彼らの出身はフレア王国英雄学園であるということ。

 そこで教養を学び、魔法を学び、魔術を学び、剣技を学んだ。有名な話だ。特にフレア王国では知らない人はいないというほど。


 そんな英雄学園は当然有名で、それこそ世界から多彩な才能が集まる世界トップクラスの学園にまで上り詰めている。

 生徒の質も、教師の質も桁違い。だがそれはある意味生徒の自信にもつながり、尚その中には当然不条理を好む人間もいた。


「くーーーっ!!」


 彼らが視界から消えると強がって耐え忍んだ痛みが少年トウキを蝕む。

 校舎裏にある一人の影が戦慄し、彼1人、ぽつりと立っている彼自身が1人だけがそこで這いつくばっていた。その影はゆっくり立ち上がり、しかしすぐに跪いてしまう。


 体を動かしてみるとどこを痛めたのかがよくわかる。左腿と横腹が特に痛みがひどく、右手で左の横腹を抑えた。

 息が荒くなりながらもそのまま壁に横たわり荒々しい呼吸で苦痛と対峙する。


「今日もこっ酷くやられたなぁ」


 虚空に一人の声が響いた。

 自分の手を見ながら彼、トウキ・シェルフォーゼは喉を震わせた。

 自笑してはいるが身体が傷だらけだ。背中にも痛みを感じるし臓器がズキズキと痛む。

 すると少し経って、

 

「またやられちゃったの? 懲りないねあいつら」


「はっ! 雑魚が! 何もしねえからそうなるんダ。同じミラン生として恥ずかしいゼ!」


 そこに眼前に現れた二人の生徒。その声に反応してトウキは視線を向けた。

 一瞬また虐めてきた奴等が戻ってきたのかと目を見開くも声質が全く違う。

 その影の元を足から辿っていくと、そこには黒色の長髪に黒目の少女と金髪の吊り目の少年がいた。


「ーーーー」


 右腕と左腕を交互に見るトウキに寄ってきたのは二人の在籍生だ。英雄学園の学生をミラン生ということが多い。

 最初に話しかけてきたのはミラ・ウィリエルハート。

 そして荒口を叩くのはフヨリア・ガバトである。


「ガバト、そういうこと言っちゃダメ。トウキだって虐いじめられたくて虐められてるんじゃないんだよ?」


「知るかよ! いつもやられたい放題されやがって。ちょっとは反抗しろヤ!」


 トウキにガバトが罵声を浴びせると、ミラは彼を落ち着かせようと彼の体を静止させた。


 頭に血が上り血管が浮き出ている彼の形相はその場にいる生物を平等に喰らいそうな勢いだ。

 実際、自分の幼馴染の哀れな姿にガバトは苛立ちを覚えていた。


「いつも見てらんねえんだヨ! ミラン生の癖くせして何にもできやしねェ! せめて一つでもできること探しゃあいいのにヨォ! 自分は弱くて惨みじめですって自分で顔に書いてやがル! 気にいらネェ!」


 視界端に入るコンクリートの壁を彼は思いっきり殴りながら憤怒する。

 歯軋りしながら、ただ、その怒りの矛先はどこにもない。


「ーーーー」


 ガバトの怒りの矛先は兎も角、そのトリガーはトウキが虐められたこと。否、虐められたことよりも自身の知り合いが惨めであることだ。 それを何より理解しているトウキもこれには合わせる顔がない。

 しかし、それでも彼だってその状況に嘆きたいし、泣きたい気分なのだ。

 虐められているのが弱いからなんてみっともないし、それを知り合いから咎められるのも胸が痛い。


 トウキが俯くと、それを見たミラが屈んでトウキと目線を合わせる。


「落ち着いてガバト。トウキを心配するのはわかるけどトウキだって何もしてないわけじゃない。ほら、よく見てよ」


「あぁ!? んだよどこがだ!! いつもと何も変わってねぇじゃねぇカ!」


 目の前にいるのはいつも通り虐められた醜態を晒すトウキだ。

 どこも変わってはいない。

 ガバトの瞳に映るのは痛がりながらこちらを向くトウキの姿のみ。虐められたという事実がより一層時間できるだけだ。


「トウキの腕を見てよ」


「あぁ? 腕ダァ? 別に何もーー」


 ガバトがトウキの腕を見てみると、そこには確かにいつもと違うところがあった。それは、


「傷がネェ。腕だけ守ったのか。チッ! なら尚更気にいらネェ話じゃねぇカ! そりゃ一番やちゃいけネェ! やられることを受け入れんなや虫唾が走ル! しょうもないことに努力すんなッ。お前がやるべきなのはあいつらを一発ぶん殴ることだろ!! それをしねぇで腕だけ守るとか馬鹿かよテメェ! イライラするぜ、もう俺は行く。これ以上いたらお前をぶん殴りそうダ! じゃあなザーコ!」


 そう言って中指を立てるガバトは悪態を吐けるだけ吐くと、その後トウキに背中を見せて歩き出した。

 ガバトが言うことには一理ある。

 トウキがやったことは反抗ではない。

 足掻きでもない。ただの自己満足とも取れる現実逃避だ。

 いじめの主犯たちを欺いてやったという虚勢的な行為。それは側から見れば滑稽で無様とも取れるものだった。それは、虐められることを許容し、また、いかに痛みを減らすかと言う弱者の浅知恵だ。


「まったくアイツったらいつも言いたいことだけ言って帰るんだから。それよりトウキ大丈夫?」


「う、うん。大丈夫。ありがとう」


 ミラが心配を言葉に乗せると、トウキはもう一度自分の容体を確かめることにした。

 殴られたり蹴られたり、やりたい放題された結果服はまるでボロ雑巾ぞうきんのようにボロボロだ。


「服汚れちゃったね」


「そうだね。でもバッチがあるから」


 そう言ってトウキは自分のポケットから小さなバッチを目の前に出す。

 大きさは人差し指の関節が一つ分くらいだ。

 外枠そとわくが赤と金の螺旋らせん構造で真ん中には一人の騎士が彫られている。鎧を被ったよくいる一般兵の絵のように見えるが、その周りを竜が囲んでいるものだ。

 これはミラン生のみ渡されるバッチで、名前はそのままミランバッチ。

 このバッチには様々な魔法が付与されておりその中に服を元の状態に戻す創造の魔法も付与されていた。


「創造」


 そう呟くとトウキの周りに魔力が集まり発光する。そしてみるみる服が元通りになりやがて全快まで時を戻したように再生された。

 破れた箇所はまた繋がれ、汚れた箇所は洗われる。

 ミランバッチの効力を見て最初はかなり驚いたものだ。通常これ程の魔道具は一人の生徒達に渡っていいような代物ではない。

 だがそれが可能なのは何故か。それはミラン生として在籍する彼らの親が学園を支援しているからである。


 この国に貴族という生き物は存在しないが、それでも各国から集められた彼らの親は子息、令嬢ばかりだ。言ってしまえば英才教育を施された人が多く金持ちが多いのだ。だから彼らの支援によりこのような設備と環境が成立していた。


「便利だよねーそれ」


「うん。こんなすぐに直っちゃうからね。おかげで今日も酷い目にあった」


「あ…あはは…ブラックジョークだね」


 笑えない冗談だ。

 自分の傷は治せないとはいえ服が直せてしまう。服が直せるということはいくらでもごまかしが効くからまた虐められる。

 傷が見えなくなってしまうから。


 だからと言って、それならとボロボロのまま教師に助けを求めようにも証拠がない限り信じてはくれない。

 そもそも証人を呼ぼうにもミラがいるときはいじめなんてしてこないしガバトはあの口調から分かる通り一緒にいてくれるわけがない。

 それでも教師に伝えたが結局向こうは多人数だ。1人の被害者が何を言おうと無駄だった。


「それにしても、今日はすぐに帰ってくれてよかったよ」


「あいつらが?」


 トウキの物言いにミラは頭を傾げる。


「うん。いつもならどっか骨折しててもおかしくないんだけど。今日はひびも入ってない」


 そう言って立ち上がったトウキは上半身を回して痛みの加減から元気だとミラへ伝えた。

 手を開いたり閉じたりしても痛みがやってこない。いくら彼らでもやりすぎは良くないと思ったのだろうか。


「骨折って……トウキ入学して一週間経ったくらいから虐め始まったよね。そんな骨折してたら治らないじゃん」


 トウキの虐めは毎日のことだ。入学試験で最下位だった彼は同じく入学時あまり成績の良くなかったプライド高いミラン生の良いカモとなっている。と言っても、いじめ自体は昔からずっとされていたことなので慣れたものだが、此処でもすぐに虐められたのには自分で呆れてしまうほどだ。



 彼らは才能はあるがここでは化け物しかいないため平凡扱いされている人たちで、幼少期の神童扱いがされなくなってしまったことに苛ついているのだ。

 そのストレスをここでは誰よりも低い成績をとる彼にぶつけている。

 とは言え、


「僕は傷がすぐに治る体質だから。それよりミラ。今日暇なら一緒に帰ろ」


「うん!」


 トウキの声かけにミラは嬉しそうに頷く。彼女はミラン生の中でもトップ3に入るほどの秀才だ。彼女自身はそんなことはないと謙遜しつつも入学時の点数は実技筆記あわせての200満点中187点で3位だったそう。学力も実技能力もさることながら人柄もいい。

 噂によれば彼女は学園でもファンクラブができているとのことで、入学したてのはずなのに虐められるトウキとは天地の差だ。


 ちなみにガバトは入学時196点で2位だった。

 ガバトの性格は豪胆で、切実剛健とはかけ離れている。  

 しかし才能は勿論彼の我が道を行く生き方にはロマンがある。だからか彼もまた学園では人気者の一人だ。


 ーー僕とは住む世界が違うなぁ。一生僕じゃ届かない場所だ……。


 それはトウキには夢にすら見ることのない世界だ。やはり、



 ーーこの世界は、不平等である。

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