4.4

 時は少し進んで五月の最終週。作院高校では四日間にわたって一学期中間テストが行われる。

 式見の面倒を見ているからといって、勉学を疎かにする言い訳にはできないので、テスト前には何とか勉強時間を確保したいと思っていた。

 ただ、その時期の式見は――内容を聞いているかは別として――授業に出席はしていたし、放課後もほとんど絡まずにいてくれた。

 おかげで僕はいつもと変わらない程度にテスト勉強ができたし、今回はそれなり頑張れた……つもりだった。

 それから六月に入って中間テストから一週間ほど経った頃。

「が、学年三位!?」

 放課後の静かな屋上前の階段で僕の驚きの声が響く。

 その日は中間テストの全体結果が返ってきたので、僕は式見にお互いの順位を見せ合おうと誘う。別に僕の成績を自慢したかったわけじゃなく、純粋に式見の順位が気になったから誘ったのだが……式見の順位は僕の想像の遥か上を行っていた。

「うん。ソーイチは……おお、百九位。おしい、あと一位上なら煩悩の数だった」

「おお、じゃないが!? なにさらっと自分の順位流してるんだよ!」

「だって、三位って特に面白味のない順位だし……」

「面白いとかじゃなく、凄いことじゃないか!」

「でも、今回も学年一位か二位はイマミネさんじゃない?」

 式見は心底興味無さそうに言う。

 確かに今峰は同じ三組の猿渡(さわたり)と毎回一位・二位を争っていると聞いていたけど……それに続くのが式見だとは思いもしなかった。二年三組にテストの上位者が集中していたとは。

 この日まで各教科の点数も聞いていなかったから、僕は用紙を隅々まで見ていく。

「三位だから当然なんだろうけど、全部満点に近い……」

「でも、記憶力があるなら暗記系は百点が取れそうなのに、とソーイチは思う」

「そ、その通りだけど……何か理由が?」

「頑張れば全部覚えられるとは思うけど、別に満点取る必要ないから。あとはシンプルに覚え間違えや読み間違えもあるわね。基本的に見直しとかしないし」

「いや、見直しはした方が……しなくても全教科九十点以上か」

 注意するつもりが、自分の点数と見比べて冷静になってしまった。

 極論を言うと、赤点さえ取らなければテストを乗り越えられるけど、式見は敢えて満点を取らないような調整ができるのだからまるでレベルが違う。

「……僕、全然頑張れてなかったんだな」

「そんなことないと思うけど? 二年生二百三十八人中の百八位なら半分より上だし」

「そう言ってくれるのはありがたいけど……」

「つまりは半分以上の人間は見下せるわ」

「ありたがい慰めじゃなかった!?」

「でも、見下せるは言い方が悪いかもだけど、順位を付けるってそういうことじゃない? 半分より上だから安心したり、はたまたもっと頑張らなきゃと思ったり」

「……そう言う十傑の式見は自分の順位をどう思うんだ?」

「何とも思わないわ。今回は学年で三番目だっただけ。高校に入ってからはずっと三位だけど」

 そう言いながら式見はやっぱり興味無さそうにしていたから、本当に学年三位という順位にそれほど価値を見出していないのだろう。

 その瞬間、僕は――本人には言えないが――両親が式見を自慢したくなってしまった気持ちが少しわかってしまった。仮にテスト範囲の覚え直しや解答の見直しをしていたら、満点で一位を取れたかもしれないのに、それをしなかったのが勿体ないと思ってしまった。

 記憶力はもちろんだけど、用語を覚えるだけでは解けない教科もあるから、式見は地頭が良いのがわかる。

 その才能を活かせるようにと思って色々してしまったのが……式見の両親だった。

 だけど、今までの式見を見るに、素晴らしい順位を褒めたり、もう少し頑張って頂点を取るように言ったりするのは良くないのだろう。

「でも、十傑って呼び方はちょっと気持ちいいわね」

「……僕も知り合いに十傑なんて表現を使うと思ってなかったよ」

「それに相応しい二つ名とか欲しくなってきたわ。うーん……」

 ただ、式見のテストが常に好成績だったのならば、ある程度サボっていて進級できたのも納得できる。下駄を履かせるにしても下地の成績が壊滅的だと、高校なら容赦なく留年させられるだろう。

 それと同時に……学校の先生たちも両親と同じように式見に対して期待している部分があるのかもしれない。もしも式見が授業態度まで完璧なら、進学あるいは就職においても引く手数多の存在になるだろう。

「……三の槍・美しき少女の式見恵香」

「なんで槍?」

「そこは適当よ。でも、二つ名ってこういう感じじゃない?」

「まぁ、得意な武器とか、戦い方とかが入るか」

「……というか、美しきの方は否定しないの?」

 式見は少しだけからかう感じでそう聞いてきた。それに対して僕は……固まってしまった。

「……ソーイチ?」

 最近の式見は、よく笑うようになったと思っていたけど、そのせいで僕は――あの日、式見に噛み付かれたショックで忘れていたことを――思い出してしまった。

 ボーっとしていた頭で式を見た時、僕は……式見が文字通りの美少女であると思ってしまった。

 その後は、式見の奇怪な行動も相まって過剰に意識することはなかったけど、僕に対して柔らかく接するようになった今の式見を見ると、僕は否応なしに意識してしまう。

 透明感があって、最近は血色を良くなったように見える白い肌と腰の辺りまで伸びた艶やかな黒髪。

 身長は僕よりは少し低いけれど、女子にしては高めで、細身ながらも女性らしさを感じる体型。

 少しつり目なところも今見ると整った顔立ちを引き立たせる要素だとわかる。

 式見は……こんなに顔が良かったのか。京本の言いつけていたことがようやく僕も理解できるようになった。

「大丈夫、ソーイチ?」

「うわっ!?」

 隣に座っていた式見が急に顔を近づけてきたので、僕は横に大きくのけ反った。

 この距離の詰め方は相変わらずだが……今はより心臓に悪い。

「そんなに驚かなくても」

「い、いや……大丈夫」

 だが、式見を美少女だと思い出してしまったことに……僕は少しだけ不安を覚える。

 僕が式見のことに熱心になっているのが、式見の容姿に惹かれたものだとしたら。完全に悪いとは言えないけど……無意識のうちに下心で動いているのかもしれない。出会って初日の夜にあんな夢を見てしまった僕だ。

 そうなると、僕は式見の友達としては……相応しくない可能性がある。

 だから、僕は一つ案を思い付いた。式見が笑いながら普通の学校生活を送れるようになるためには、同性の友達が必要なのではないかと。

 男女間の友情が成立しないと主張したいわけじゃなく、僕とは別に女子同士で話題や悩みを共有できる存在がいた方がいいという話だ。

 幸運なことに、僕はしゃぶらせ事件の後でもクラスメイトの男子とある程度は話せる関係性があって、それが学校生活を彩っている要素の一つであると思っている。

 そんな存在が式見にもいれば……たとえ僕が友達として相応しくなくなっても、式見は安心して生活できるはずだ。

 一つ問題があるとすれば……僕の女子の知り合いが今峰しかいなくて、その今峰との関係性が最悪な状況であることだ。学力的に順位が近い今峰が式見と友達になってくれたら話も合わせやすかったろうに。あるいは僕ではなく成績的にも優秀な朱葉が式見と同級生で――

「――ッ」

 そんなことを考えていると、また頭に痛みが走る。別に考え過ぎたわけじゃなく、この時期にはよくあることだった。

「……悪い式見。呼び出しといてなんだけど、そろそろ帰ろうか」

「別にいいけど……本当に大丈夫? それともソーイチは意外と不思議ちゃんキャラなだけ?」

「確かにボーっとすることは多いかもしれないけど……僕の見た目で不思議ちゃんは違うと思う」

「私は全然アリだと思うけど。不思議のソーイチ」

「その呼び方だとダンジョンを攻略する風来坊の方が似合ってそうだ」

 その後も適当な話をしながら校門を出ると、そのまま解散した。

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