4.5
お互いのテスト結果を確認してから三日後。その日は梅雨前線の影響で朝から雨が降っていた。
「――ッ」
そんな中、二時間目の授業の途中で頭痛が激しくなり始める。起きた時点で少しだけ痛みを感じたけど、すぐに頭痛薬に頼るのは良くないと思ったのが裏目に出た。じんわりとした痛みはズキズキとした一定間隔の痛みに変わり、その授業中は耐えられたが、完全に気分が悪くなってしまう。
「……京本。すまないけど、次の授業は休むから――」
「おっ、いつものやつか。お大事にな」
慣れた反応をする京本に、「ありがとう」と返しながら、僕は教室を出て一階の保健室へ向かう。
「こんにちは、柊くん。また薬を飲まずに我慢しちゃったの?」
「す、すみません……」
「しょうがないわね。薬は持って来てるわよね? 氷枕はいる?」
保健室に到着すると水(みず)樹(き)先生も慣れた対応をして、僕が頭痛薬を飲んでいる間にベッドの準備を整えてくれた。
そのままベッドに寝転んだ僕は目をつぶって早めの回復に努める――
「ソーイチ、大丈夫そ?」
「…………」
――つもりだったが、気が付くといつの間にか式見がベッドの横に居座っていた。
「どうやって入ってきたんだ……?」
「水樹先生に聞いたら入っていいって言われた」
「僕のプライバシーはどうなる」
「心配しないで。ここで起こったことは二人だけの秘密にするから。声さえ漏らさなければ何をしていても問題ないし」
普段なら声を大きくしてツッコみたいところだけど、さすがにそこまでの元気はない。
しかし、式見は全く退出する気配がないので、僕は口を開くしかなかった。
「ここにいても仕方ないぞ。もうすぐ授業始まるから早く教室に戻ってくれ」
「休み時間はまだ七分三十秒も残ってるわ。それより……風邪気味だったの?」
「いや……頭痛だよ。偏頭痛持ちなんだ」
僕がそう言うと、式見は即座にスマホで調べ始める。耳にすることはあるかもしれないけど、詳しい症状は知らなかったのかもしれない。
実際、僕も頭痛になりやすいとしか説明できないし、症状として明確な原因もよくわかっていないらしい。
ただ、僕の場合は今日みたいに雨が降ったり、気圧が大きく変化したりすると、頭痛になりやすかった。だから、梅雨に入る六月のこの時期で頭痛になるのは珍しいことではない。
「もしかして、最近体調悪そうだったのも……」
「うん。今日ほどじゃないけど、ちょっと頭が痛かった」
「どうして教えてくれなかったの?」
「それは……」
式見に余計な心配をかけさせたくなかった、もしくはわざわざ言うほどの痛みじゃなかった。どちらも思っていたことではあるけど、一番は――
「言いづらかったんだ。頭痛の話をしたら、こんな風に授業を休んでるって言う流れになっていただろうし」
普段あれだけ授業に出ろと言っている僕が、実は授業に出ていない時があるだなんて言ったら、説得力が落ちてしまう。そう付け足すと、式見は少しだけムスッとした表情になった。
「サボってるのと体調が悪くて休んでいるのは全然違うわ。それくらい私にもわかる」
「いや、式見を馬鹿にしてたわけじゃなくて――」
「それもわかってる。でも……この前もちゃんと共有して欲しかった。体調が悪そうだとこっちが思っていても大丈夫って言われたら……何も言えなくなる」
その怒りは僕が教えなかったことに加えて、自分が気付けなかったくやしさを含んでいるような気がした。あの式見が……こんな風に僕を心配してくれるなんて。
「すまん……」
「……はっ!? 私の方こそごめん。頭が痛いって言ってるのにこんな話しかけて」
「ははっ、今更だな。でも、大丈夫。式見と話してたら……ちょっとだけ楽になってきたよ」
「ほ、本当に……?」
「ああ。だから……ついでにちょっと聞いてくれないか?」
気持ち的に少し弱っていたのか、思わず僕はそう言ってしまう。
それを聞いた式見は椅子を少し移動させて、顔が見えやすい距離まで近づいてきた。
「頭痛になりやすくなったのは、小学四年生の時でさ。初めは今よりも全然マシだったんだけど、五年生になると気持ち悪くなるくらい痛みが増して。それで初めて授業を休んだ。そこまで風邪で休んだ回数も少なかったのに、授業を一時間分休んでしまった。その時に僕は……他のみんなから何か言われるんじゃないかって怖かったんだ。頭痛くらいで休むなんて、ズル休みしてるようなものだと」
「そんなことはないわ。私が言うのも何様と思われるだろうけど……意図的にサボってないならズル休みなんかじゃない」
「……いや、実際は言われなかったよ。みんな普通に心配してくれたから完全に僕の被害妄想だ。だけど、それからも定期的に頭痛で授業を休む日が何回かあって、その度に僕は罪悪感を覚えてた。それと同時にこれだけ授業に出てないと勉強が追い付けなかったり、みんなから忘れられたりするんじゃないかと思ってた」
「…………」
「今でもそういう不安はちょっとだけあって…………だからこそ、普段の授業はなるべくちゃんと受けようと思っているんだ。そうすれば、今日みたいに一回休んでも、クラスメイトや先生に疑われないし、何とか勉強にも追い付けるだろうって」
現状は僕が頭痛持ちであることを先生に理解して貰えているし、勉強も後れを取るようなことはない。
でも、そんな状況を作り上げたとしても、不安が消えることはないとわかっていた。僕の根っこの部分にある性格や考え方だから。
「……一応、言っておくけど、式見がサボりを悪く言いたいわけじゃないぞ。色々聞いたから……式見が今もサボりたくなる気持ちもわかる」
「う、うん。それはわかってるけど……ソーイチは一年生の頃から保健室に来ていたの?」
「まぁ、毎週とかじゃなくて、梅雨とか季節の変わり目とかのタイミングで結構来てたかな。だいたいは一時間寝させて貰うだけだったけど」
「じゃあ……一年生の頃にたくさん保健室に来てたら、ソーイチともっと早く会えてたのかな……」
式見は少し口惜しそうな感じで言う。
確かに……最初に式見を探した時、病弱という情報があったから保健室に来てみたけど、それなら一度くらい見かけていそうだと思った。でも、式見の病弱は設定で……どちらかというと僕の方が病弱だった。
「出会えてたとしても……その時には頭痛だから式見のことを気にしている暇なんかなかったと思う」
「やっぱり指を咥えないとダメ?」
「それをルート分岐の条件みたく言われるのはちょっと嫌だけど……まぁ、知り合うにしても何か理由がいるだろうな」
一年生の時の式見は同じクラスじゃないから僕を知らない。僕を知らなければ式見が話やちょっかいをかけたりすることもない。
そう考えると、もしも荒巻先生が僕の名前を口にしなかったら……式見は僕と知り合うことはあったんだろうか。
「……あっ!」
そんなもしもの話を考えていると、式見は何か思い付いたような反応を見せる。
ちょっと頭に響くからもう少しボリュームを下げて欲しいが、僕が口を開く前に、式見は急に僕の手を両手で握る。
「私、しっかり授業受けてくるから!」
「お、おう……?」
突然の決意表明に僕は何にも返せなかったが、式見は気にせずに手を離すと、急いて教室へ戻って行った。
授業に出るのはいいことなんだけど……いったいどうしたんだ。
「ノックしたことにします。柊くん、体調はどう?」
「あっ、いや……まだ普通に痛いです」
入れ替わりで入って来た水樹先生に、僕は素直に言う。式見と話している間は気持ちが楽だったのは本当だけど、痛みまで和らいだわけじゃなかった。
「というか、なんで勝手に式見を入れたんですか」
「二週間くらい前、必死に探してたから親密な関係かと思って通しちゃったけど……違ったの?」
「いや……単に友達なだけです」
「へぇ、いいじゃない。頭痛であんなに心配してくれる友達」
「そ、そうっすね……」
そう言われてしまうと何だか気恥ずかしい。まぁ、僕が言ってなかったせいで過剰に心配させたのもあるだろうけど。
「ついでだからちょっと話してもいい? 柊くんが彼女を探してた時、急いでいたから詳しくは言わなかったんだけど……彼女、一年生に入りたての頃は保健室に来ることもあったの」
「そう……なんですね」
病弱ではないけれど、授業に出たくないと思う生徒が来る場所として、式見も保健室に来ていた……いや、荒巻先生が行ってみるように勧めたのかもしれない。
「うん。前にも言ったように、少し経ったら来なくなっちゃったけどね。その後も学校には来ているから正確には不登校じゃないし、ここで話を聞いた感じだと、別に学校が嫌なわけじゃない。それでも何か抱えているのは間違いなかったんだけど……わたしはそこまで聞き出せなかった。それ以来、彼女の話は人づてにしか聞いてなかったから……さっき久々に見た彼女が元気そうで安心したわ」
「……あいつ、いつもあんな感じですよ」
「そうなの? わたしが会う時は……もっとテンション低くて、つまらなさそうな顔をしていたのに」
保健室の先生は意外そうな顔で驚く。今ならテンションの低い式見も想像できるけど、僕としてはらしくない式見だった。でも……少し前まではそれが普段の式見だったのか。
「わたしまで話しすぎちゃった。柊くん、お大事に」
そう言われた後、僕はようやく目をつぶって、少しすると眠りについた。
いつもよりも少しだけ幸福感と安心感に包まれながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます