4.3

「ソーイチ見て見て! タコさんウインナー!」

「いや、お弁当の中身同じだから」

「私、タコさんウインナーのこと、創作上でしか登場しない食べ物だと思ってたから、現実で見られると思ってなかった!」

 式見は僕の母さんが作った弁当の中身を見ながら無邪気な反応を見せる。

 僕もこの赤いウインナーと切り込みを久しぶりに見たので、母さんが妙な方向に張り切ったのがよくわかる。

 だけど、そんなお昼の式見のテンションに付いていける元気が僕にはなかった。昨晩から引き続いて式見について――知っておくべきことから知らないでいいことまで――色々知り過ぎてしまった。

 いや、式見は事前にセーブできないと忠告していたから、進んで聞いてしまった僕にも責任はある。それでも……考えなければいけないことが増えてしまった。

「ソーイチ……もしかして朝のことまだ怒ってる……?」

 当の本人は噂なんてまるで気にしていないような素振りなのは不幸中の幸いと言うべきだろうか。大人しいのはありたがいが、式見らしくないのは僕も困ってしまう。

「いや、違うよ」

「じゃあ……昨日、色々聞いたこと、やっぱり後悔してる……?」

「それも……違う。ちょっと個人的な考え事だ」

「エッチな妄想?」

「……式見。僕の前では下ネタは控えるって言ってなかったか?」

「なるべく控えるって言ったから。あと、これは初めて言うことだけど、私はこう見えて結構下ネタ言うの好きだし」

「どう見られてるつもりかわからんが、好きなのは知ってた」

「だったら、ソーイチのために私が好きな下ネタを言うのを我慢する時と、私のためにソーイチが得意なわけじゃない下ネタを聞くのを許容する時があっていいと思わない?」

「……わかったよ! 僕は別に下ネタ得意じゃないわけじゃない!」

「ええっ!? そこまで開き直らさせるつもりじゃなかったんだけど!?」

 ヤケクソになった僕を見て、珍しく式見を驚かせることに成功する。いや、全く嬉しくはないが。

 だが、式見らしくなった姿を見ても……僕は安心できなかった。委員長という立場の今峰が式見に対して悪い印象を持っていたのだとしたら、クラスメイト内で共有されている式見の噂も同じくらいの、あるいはもっと悪質な内容に変わっている可能性がある。

 だけど、僕が教室の中心で間違いだと否定したところで、聞く耳を持ってくれるのは京本くらいだろう。それに、京本は僕のせいじゃない風に言ってくれたが、しゃぶらせ事件から近くにいる僕が式見の評価を下げているのは確実だ。今峰のように僕が巻き込まれた側の人間だと思ってくれている人がいても、僕の言葉を信じてくれるかは怪しい。

 だったら、僕が式見を……守るために取るべき行動は、何が正解なのか。

「でも、一度言ったからには私はずっと覚えているから、今後は容赦なく下ネタ言っちゃうわよ? いいの?」

「……多少の恥じらいを持ってくれるなら」

「それはもちろん。私も必殺技はここぞという時に打つ方が好きなタイプだから」

 話の内容は置いておくとして……今の式見は以前よりも楽しく笑っている時間が多くなったと思う。

 僕は……そんな風に式見が笑いながら普通の学校生活を送れるようになって欲しい。式見がそこまで望んでいるかはわからないけど、小学校から……もっと言えば物心が付く頃から窮屈に過ごしてきて、それが今日までずっと続いているのはあんまりな仕打ちだ。

 だから、今の式見に必要なのは――

「――ッ」

 少し考え過ぎたのか、頭に少しだけ痛みが走る。今すぐ結論が出せる話じゃない。式見には悪いけど、もう少し考える時間を貰わなければ。

「さすがに今日もソーイチの家に行くのは迷惑だから、お弁当箱お願いしてもいい?」

「わ、わかった」

「たぶん、明日のソーイチはこのお弁当箱一個分、筋力が強くなっているわ」

「いや、これ一個くらいじゃ鞄の重さは変わらないと思うが。鞄の中がかさばるくらいだ」

「ソーイチの鞄、そんなにパンパンで余裕ないの?」

「一日分の教科書とか入れてたら結構いっぱいになるだろう」

「教科書を全部持って返ってるなんて真面目ね」

「普通だと思うけど……まさか教科書の内容は全部頭の中に入ってるのか」

「いや、さすがにそこまではしないわ。シンプルに持って帰る必要が無さそうな教科を置き勉しているだけよ」

「ま、まぁ、それはそうか……」

「つまり、サボってた私は全教科置いていけるわけ」

「そんな理屈を自慢するな」

 ただ、「サボる」ではなく「サボってた」と自分で言えるくらいには、式見も授業に出席している実感はあるのだろう。

 そうやって授業に出ることに式見が窮屈な思いをしているのなら、僕も立場を変えなければならないが……そこに関して今まで通りで良さそうだ。

「それよりソーイチ……その、今日の放課後は時間あったりする?」

「今日は……すまん、ちょっと予定があるんだ」

「そ、そう。仕方ないわね……」

「何か急ぎの用事だったか?」

「ううん。単なる思い付きだったから。これから……いつでもチャンスはあるし」

 式見はなぜか照れくさそうに言う。

 ただ……申し訳ないことに予定があると言ったのは嘘だった。先ほどの頭痛が長引きそうな予感がしたから、思わず嘘を付いてしまった。

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