3.4

 本日の晩ご飯は鶏肉のバターソテーと付け合わせの温野菜、急遽追加された砂糖入りの甘い玉子焼き、炊き立ての白いご飯だ。小食の式見はご飯を遠慮したけど、メインの二つを見る目は僕の弁当を見る時と同じような輝きがあった。恐らくこういうしっかりとした晩ご飯も久しぶりなんだろう。

「それじゃあ、頂きましょうか」

「あ、あの……ソーイチパパさんは待たなくていいんですか?」

「今日は昼から夜中にかけての交代勤務なのよ。だから、帰って来るのは夜中になるわ」

「そうだったんですか」

「ええ。だからこのまま食べちゃいましょう。それじゃあ、改めましていただきます~」

 母さんの言葉に僕達も「いただきます」と続ける。いつもならこんな合わせるようなことはせずに各々言っているので、今日の母さんが妙な張り切り方をしているのがわかる。まるで小学生の時に戻ったようだ。

「式見ちゃん、玉子焼きも遠慮しないで食べてね。何か調味料が欲しかったら言ってくれたら出すわ」

「大丈夫です。この甘い感じが好きなので――はむ――できたても美味しい」

 自然な感想が出た式見を、母さんはいつになくニコニコした顔で見つめる。僕や朱葉も食卓であまり見ない料理なら新鮮な感想を出せるけど、玉子焼きは食べ慣れているのでここまでの反応はできなかった。それが母さんからすると、嬉しいことだったのだろう。

「わたしも友達とお弁当交換した時は玉子焼きが一番美味しいって言われたけど……式見さんは本当にいいリアクションしますね」

「そ、そんなに?」

「はい! 見てくださいよ、このお母さんの嬉しそうな顔」

「だって~ 直接美味しそうに食べてくれるの見ると嬉しいに決まってるじゃない~」

 朱葉と母さんは食べている間も適度に式見と絡んでいく。それを受け取る式見も少々照れている感じはあるものの、楽しそうな雰囲気が伝わってきた。

 一方の僕は普段の食事中もそれほど積極的に喋っているわけでないが、今日に関しては上手く会話に混ざれなかった。

 先ほどの発言から母さんが余計なことを言うのではないかと気が気でなかったのだ。

「それでね~ さっきの話の続きなんだけど、そーちゃんが……」

「か、母さん!」

 そして、予想通り母さんはその話を掘り返そうとする。

 でも、僕がどう言っても母さんは止められないことはわかっていた。

 母さんからすると、それは喜ばしい話題で、恥ずかしがるようなことではないのだから。

「いいじゃない~ 式見ちゃんね。そーちゃんが学校のお友達のこと話すの、凄く久しぶりだったのよ」

「……そうなの?」

 式見はそれを朱葉に聞き返すと、朱葉は軽く頷いた。

「はい。お兄ちゃん、あんまり学校のこと話すタイプじゃないですから」

「そうなんだ……ふーん」

 良いことを聞いたという顔で式見が見てくるので、僕はお茶碗で視界を遮った。

 ああ……だから嫌だったんだ。僕は式見に聞かれることはないと思って、母さんに話していたのに。

「だから、あげはちゃんから連絡来た時に、もしかしたらってそのお友達かもって嬉しくなっちゃって」

「すみません。事前に連絡もせず突然お邪魔してしまって」

 式見は母さんに対して、僕と話している時とはまるで違う丁寧な受け答えをする。荒巻先生には終始舐めた態度だったから少し意外だ。でも、学校で病弱キャラを演じているから二人の前ではいい感じに振舞おうとしているようにも見える。

「ほんと、今日はもう遅いから式見ちゃんさえ良かったら、泊まってくれてもいいのよ?」

 そう、たとえば母さんからこんな言葉を引き出すために――式見を泊める???

「何言ってんの母さん!? 明日も学校あるのに!?」

「朝ご飯なら作るから大丈夫よ~」

「そういう問題じゃないが!?」

 さっきの発言から、母さんはあくまで式見を……僕の友達だと思っていることはわかる。

 だけど、それで式見を泊めるのはさすがに受け入れ過ぎだ。

「いいじゃない、お兄ちゃん。わたしの部屋なら喜んで貸すよ?」

「そうじゃなくて!」

 いくら妹の朱葉が良くてもここは僕が住む家でもあるんだ。

 同級生の男子の家に女子が泊まるという状況をよく考えて貰わないと困る。

 それにそもそも僕と式見は――

「私はソーイチがいいと言ってくれるならお言葉に甘えさせて貰います」

「なっ!?」

 式見は箸を止めて僕のことを見てくる。

 ここで僕に判断を委ねるのは――完全に足元を見られている。

 だって、二人が式見を泊らせることに肯定的なのに、連れて来た僕が拒否するのは全く空気が読めていない。

 そういう不和を生むようなことは、僕の性格上できないのだ。

「……わかった。もう遅いし、今日は泊まっていけばいい……式見が良ければ」

「ありがと。それじゃあ、泊まらせて貰います」

 式見の答えに朱葉と母さんはにこやかに頷き、僕はため息をついた。

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