2.4
屋上前の階段で式見とお昼ご飯を食べ終えた昼休み。早朝に無駄な話をしていたせいで、僕は一番重要な話を言いそびれていた。
「式見、今日の五時間は体育だ」
「知ってるわよ。それが何か?」
「体育は男女分かれてやるから、さすがにその時間は僕も見張れない。だから、ちゃんと出るようにと今のうちに言っておく」
「まるで私がいつも体育の授業をサボっているのかのような言い方ね」
隣に座る式見は挑戦的な目で僕を見てくる。
そう言われてしまうと、女子の体育は不可侵領域なので、式見を含めた女子が普段どんな風に授業を受けているか知る由もない。
細身と肌の白さからスポーティなタイプではないと決めつけていたが、散歩を好むように案外体を動かすのは好きなのか……?
「じゃあ、体育は出席してるってこと?」
「よく考えてソーイチ。私は病弱な薄幸の美少女」
「薄幸かどうかは知らんが……まさか病弱を理由に見学させて貰ってるのか」
「ううん。普通にサボってる。他の授業と違いとかない」
「なんでちょっと惑わせたんだよ!?」
僕のツッコミに式見はクスクス笑いで返す。
今の反応で確信した。こいつの病弱設定はサボりの隠れ蓑にするための真っ赤な嘘だと。
だが、式見は悪びれもせずに言い訳を始める。
「そもそも五時間目に体育を配置するのはよくないと思うわ。消化中の食後に運動なんてしたら、血を貯蓄しておく脾臓が収縮して、わき腹が痛くなってしまうんだから」
「あの痛みはそういう仕組みなのか」
「うん。それに食後は血糖値の上昇から眠気を引き起こしやすい。だから、眠気のある状態で授業を受けるのはかなり非効率的な行為だと思わない?」
「まぁ、それは確かに」
「つまり、食後の五時間目は教科に関わらず授業を受けるのが間違いというわけ」
「なるほ……いや、それらしいこと言って正当化しようとするな」
「らしいじゃなくて事実を言っているのに」
「事実でもサボっていい理由にはならない。あと、式見は僕と知り合う前だとゼリー飲料だったんだから、臓器や血糖値にあんまり影響ないんじゃ……」
「ゼリー飲料だって立派なご飯だから同じようになるんですぅ。そして、それを言ってしまったら、ソーイチのおかずを食べてしまった私には五時間目を合法的にサボる権利があるわ」
「あるわけないだろ。僕の厚意をサボりの口実に使うな」
それに対して式見は新たな言い訳を模索し始めるが、僕は本題から遠ざかっていることに気付く。
朝と同じパターンだ。僕もいちいち反応するから話が変な方向に行くんだぞ。
「話を戻すけど、次の時間は本当に頼んだぞ」
「えー、どうしようかなぁ。ソーイチが見張ってないなら出ても出なくても一緒だし」
「一緒じゃないが。出るのが普通なんだぞ」
「……じゃあ、こういうのはどう? 私が女子更衣室に行く直前までソーイチが見届ける。さすがに私も更衣室まで行ってから、やっぱりサボろうとは言いづらいわ。周りの目もあるし」
「……本当か?」
「ホントほんと。私、人生で嘘付いた回数は千回未満だから」
「基準がわかりづらいわ」
僕が思い出せる限りだと、病弱設定の咳とこの前お花を摘みに行くと言ってサボりで、少なくとも二回は嘘を付いている。
それはそれとして、式見が出した条件は――僕にとって非常に都合が悪い。
体育の前には男子は教室、女子は同じ階にある更衣室で着替えをするのだが、当然ながらその時間の更衣室周辺は、男子が近寄っていいエリアではない。何か決まりがあるとかではなく、常識的に考えてのことだ。
恐らく、式見は僕が付いて行きづらいとわかって言っている。絶賛僕の評価が下がっている中で、またあらぬ疑いをかけられるような行動はできれば避けたい。
というか、こういう状況を考えると、僕に女子の式見の見張り役を任せるのは間違っていると改めて思う。
それこそ、今峰のような真面目な女子に面倒を見るように頼んだ方が――いや、今峰は委員長として色々忙しいのに、式見一人分のリソースを割かせるのは勿体ないか。僕みたいな部活や委員会をやってない暇人に押し付けるのがちょうどいいのかもしれない。
「……しょうがない。五時間については式見の判断に任せる」
だが、いくら任されているとはいえ、やっぱり女子更衣室前まで付いて行くことはできなかった。
今の僕の評価はクラス内でちょっぴり下がっている程度だけど、のぞき疑惑までかけられてしまったら、クラスどころか校内全体で評価が下がってしまう。メンタル強度・弱の僕には耐えられない。
「ホントにいいの? 私のこと信頼してないのに?」
「そこ根に持ってるのか。まぁ、まだ信頼はしてるとは言えないけど……これから信じることはできる。元々、式見を信じて体育の授業に出席するよう言ったわけだし」
「うーん……今から信じるかぁ……」
式見は顎に指を当てて考えるポーズを取る。僕の発言を吟味しているのだろう。
本来なら式見が授業に出るのに僕を挟む必要は全くないんだけど――それが通用するならそもそもこんな話をしてないか。
「……わかった。ソーイチの信じる気持ちを受け取りましょう」
「あ、ありがとう」
「……よいしょっと」
式見の発言に油断していた次の瞬間、式見はいきなり制服の裾に手をかけて、そのまま脱ごうとする。
「ちょ!? 何してんの!?」
そう言いながらも脱ぎかけの式見に触れて止めるわけにもいかないので、僕はすぐに顔を横に逸らす。
それと同時に数時間前のスリーサイズの話が頭によぎった。確か上からはちじゅ――って、何を考えているんだ僕は!? 今やるべきは式見が脱ぐのを止めること……なのか? そもそも今の流れから何で脱いでるの? 女子更衣室うんぬんで……信じることを信じて……それが――
「ソーイチ、なんで目を逸らしてるの?」
「な、なんでって! 式見が急に脱ぎだすから!」
「ふふふ。ソーイチ、目を開けてこっち向いて」
「なっ!?」
「私のことを信じるなら……ね?」
そこで信じる話を持ち出すのは卑怯だと思いつつも、僕はゆっくりと目を開けながら式見の方を向く。すると――いつの間にか体操服に着替え終わった式見がいた。いや、これは……
「元から着てたのかよ!?」
「うん。私、体育がある日は最初から下に体操服を着てるの。どうしても体育に出なければいけない時用にね」
「なんじゃそりゃ……って、おい! だったら、女子更衣室に行く必要ないじゃないか!?」
「そうだけど? 私は着替えが必要だなんてひと言も言ってないし」
「こ、この――」
「あーあ。最初からソーイチが私のことを信じて任せてくれたらなー 出席する準備は万端だったのになー」
直前まで疑いまくっていた僕の態度を責めるように式見は煽ってくる。
僕は悪くないと思っているけど、今反論しても絶対に僕が悪いように言われるから、何を言っても無駄だろう。
「……悪かったよ。今度からはもう少し式見のこと信じる」
「おお。思ったよりも素直な反応。でも、いい心がけね」
「その代わり、僕の言うことも少しは聞いてくれよ」
「私、ソーイチが言ってることはわりと守ってる方だと思うんだけど」
「いや、昨日の五時間目は思いっきりサボったろうが」
「昨日の五時間に出席するように言われてないし、お花を摘みに行った時点で監視は外れてた」
「はいはい、わかりました。これから逐一言って見張るようにします」
「うん。ちゃんと見張ってないとダメだからね?」
そう言った式見はなぜか嬉しそうな顔をしていた。僕を振り回してだいぶ楽しめたのはよくわかったけど――体育へ行く前に胃もたれしてしまいそうなやり取りだった。
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