2.3

 式見の見張り生活三日目。

 三日坊主や仏の顔も三度、アニメの三話切り――等々、何事も三回目が一つの区切りになることが多い。

 だから、式見と知り合って三日目になる今日のやり取り次第では、僕が見張り役に見切りと付ける可能性もある……と勝手に思っていた。実際は、この役割をいつまでやればいいのか聞かされていないし、辞表を出せるのかもわからない。

 それはそれとして、役目を任されている間はしっかりやろうと思ったので、今日は七時頃に登校して式見を待ち構える。

 我が作院高校は八時半までに教室へ入っておけばいいので、一時間半前に登校する生徒はそれほど多くない。いるとすれば朝練がある部活の生徒くらいだ。

 昨日はたまたま始業前に来たようだけど、他のクラスメイトに驚かれるレベルで珍しいとは予想していなかった。朝からサボる可能性に気付けなかったのは僕の落ち度だが、失敗は次に活かせばいい。

 そう思って教室に荷物を置いてから校門前に戻ったはいいが――僕はあることに気付く。生徒会でもない生徒が朝から校門前に立っているのは、かなり恥ずかしい状況だと。

 いや、朝でも校門前に集合する生徒はいるだろうけど、それは待ち人が来る確信があるからこそ成り立つものだ。

 僕の場合は式見がいつ来るかわからないから、長時間立ちっぱなしになる可能性があるし、落ち合う約束もしていないから、登校中の生徒をよく探さなければならない。

 そうなると、「あの男子、なんで校門前に立ってるの?」とか、「めっちゃジロジロ見つめてきてキモいんですけど」とか、他の生徒から可哀想な目で見られてしまう可能性がある。

 そんなことになってしまえば――シンプルに僕の心が傷付く。豆腐やガラスとまでは言わないが、自分のメンタル強度にそれほど自信はない。

 だから、僕は校門の内側に入り、なるべく目立たないよう壁にぴったりと添って、気配を殺しながら式見の到着を待つことにした――

「こっち側は異常なしです。どーぞ」

「ああ、こちらも異常なし……って、うわぁ!?」

 いきなり後ろから生えてきた式見に僕は驚く。ちょっと考えにふけっていたのはあるが、近寄って来た気配に全く気付かなかった。初日に探した時といい、こいつのリスポーンの仕方が全く読めない。

「い、いったいどこから来たんだ!?」

「普通に校門からだけど? それで暇だったからソーイチのことでも待ってあげようかと思ってたら、コソコソしてたの見つけたの」

「……そんなにコソコソしてた?」

「うん。でも、スニーキングミッション的にはいい動きだったと思う」

 僕は伝説の傭兵ごっこしていたわけじゃないんだが――恥ずかしさへの葛藤は完全に無駄だったのか。式見が僕よりも早く登校している可能性はまるで考えていなかった。

「朝練もないのにこの時間から登校してたのか」

「その言葉にカプセルから出たオプションを付けて返すわ」

「なんで援護射撃付けるんだよ。まぁ、僕が早く来たのは……その……」

「わかってるわよ。私を見張るためでしょ? でも、安心して。いつもこの時間に来るわけじゃないけど、ちゃんと始業前には校内にはいるから」

「校内ってことは教室に行くわけじゃないのか……」

 わかりきっていたけど、それなら校門で待ち構えて正解だった。

 朝っぱらからエンカウント率の低い式見を見つける作業はしたくない。

「それよりソーイチ。せっかく早めに合流できたんだから、ちょっと散歩でもしない?」

「散歩って……どこを?」

「もちろん、学生らしく校内を」

 式見は当然のように言ってくるけど、僕は全然ピンときていなかった。

 この校内で散歩と言えば――晴れた日の昼休みなんかに中央テラスを歩くというシチュエーションなら何となく想像できる。

 しかし、先頭を行く式見は下駄箱で履き替えた後、校舎の東側……実験室が並ぶ一階の廊下を進み始める。

 式見を探していた時もこの辺りで遭遇していたから、式見的にはお気に入りの散歩コースなのかもしれない。

だが、良くも悪くも見慣れた場所だから、僕からすると良い景色とは言えなかった。数年前に耐震工事を終えた比較的新しい建物ではあるけど、内装は遊び心のない硬派な校舎だ。

強いて良いところを挙げるなら、一階の三年生の教室から離れているおかげで静けさがあるくらいだが、こんなに早い時間だと教室前でも恐らく静かだろう。

でも、式見の足取りは見た感じ軽やかだった。

「もしかして、サボってる時はこんな風にひとけのないところを歩いてるのか?」

「そうよ。散歩は健康にいいって言うし」

「いや、そこは間違ってないけど、散歩するならもっと別の場所の方が良いと思うんだが」

「えっ。ソーイチが授業サボって散歩してる事実を見逃してくれた……?」

「駄目だっていう大前提で言ってるわ!」

 朝にしては大きめの声のツッコミが静かな廊下に響く。それに対して式見は「ふふっ」と最小限の笑いを返してきた。式見のフリに対して、僕の消費するスタミナの方が大きいのは納得いかない。

 一方、満足した式見は話を元に戻す。

「私ね、学校っていう建物と空気感は結構好きなの。馴れ親しんでいる場所のようで、どこまで行っても他人行儀な感じが」

「それは……空間デザインとか、そういう系の話?」

「ううん。そんな難しい話じゃなくて、感覚的に好きって話。ソーイチだって明確な理由はないけど何となく好きな場所や空間ってあるでしょ? まぁ、校舎に関しては同意を得られないようだけど」

 式見は探るように僕の顔を見ながら言う。

「いや……式見の好きな場所を否定するつもりはなかったんだ、すまん」

 僕は勝手な考えと失言を反省する。正直に言うと、僕は式見を変な奴だと思っているので、散歩のことも最初から疑った目線で見てしまった。他人の好みを値踏みするような考え方は良くないとわかっているのに。

 しかし、謝罪を聞いた式見は不思議そうな顔で僕を見ていた。

「な、なに?」

「いや、謝られるなんて思ってなかったから。むしろ、ちょっと引かれてもおかしくないと思ってたし……どうして学校の空気感が好きなのに、授業には出ないんだ――とか言うと思った」

「……そう思ったなら、なんでわざわざ教えたんだよ」

「だって、ソーイチは私のこと……嫌いじゃないでしょ?」

 そう言いながら式見は上目遣いで僕の出方を窺ってくる。話の繋がりは見えないけど、予想外の言葉に僕は戸惑ってしまう。

「な、何を根拠に……」

「三日目になっても私の面倒を見ようとしてくれてるし、そのために今日はいつもよりも早く登校して私を待とうとしてくれた。もちろん、先生に言われた手前はあるんだろうけど、ここまでの私の態度や言動を考えたら、途中で放り投げてもおかしくないと思う。でも、そうしなかったのは――私のことが嫌いじゃなくて、少しくらいは興味があるってことじゃない?」

 ――僕はこの三日目が一つの山場だと思っていたけど、式見にとっての三日目は意味が全く違っていた。

昨日、式見の印象が変わったように思ったのは、この認識の差のせいだったのだろうか。

「だから、私もソーイチの信頼に応えて、パーソナルな情報をちょっとくらいは教えてもいいかなって思ったの」

「勝手に信頼してることにするなよ」

「……違うの?」

「……式見のことが嫌いじゃないのはそうだけど、別に信頼はしていないし、パーソナルな情報にも興味ないよ。僕は荒巻先生の要望通り、式見が授業にちゃんと授業に出るよう適度に見張るだけだ」

 僕が言ったのは噓偽りない気持ちだった。

 式見が授業をサボってしまう理由が単に授業が面倒くさいだけなら簡単な話だ。だけど、それ以外の原因で授業に出るのが嫌だと言うなら――話は途端に難しくなる。

 その原因を知ったところで、知り合って三日目の僕ができることは何もない。いや、たとえ日数を重ねていたとしても、僕個人が解決できるようなことではないはずだ。

 だから、会話の糸口として好きな食べ物くらいは聞くかもしれないが、もっと深い部分の情報を聞くつもりはなかった。

 きっと荒巻先生はそういう意図で僕に面倒を見ろと言ったわけじゃない。

「そっか……やっぱり私のこと嫌いじゃないんだ?」

 だけど、式見は僕の言葉を都合よく受け取っていた。この三日間でこのパターンの会話を何回したのだろう。

「僕が主張したいのはそこより後の話だぞ」

「私にとってはそっちが重要だったから。今日は早く来たかいがあったわ」

「いや、今日はお互いに偶然早く来て会っただけだろう」

「ホントにそうかなー?」

 式見は悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

 ということは……わざわざ朝から僕に会うために? さっきは暇だったと言っていたのは嘘だった? それは何とも――

「ソーイチ、嬉しい?」

「はぁ!? さっきから好き勝手言って――」

「うんうん、わかってる。同級生の女子の色んな情報が知りたいなんて、表立っては言えないもんね」

「全然わかってないが!?」

「じゃあ、私のスリーサイズとか知りたくないの?」

「す……」

 言葉を返す前に僕の目線は式見の身体を三段階に分けて見てしまった。

どうしたんだ、最近の僕!? 完全にそっちの思考回路を制御できていないぞ!?

「しょうがないなー 上からはちじゅ――」

「やめろぉ!? 聞きたいとはひと言も言ってない!」

「遠慮しないで。去年の十月に測ったサイズだから、あんまり参考にならないし」

「正確性の問題じゃないが!?」

 結局、朝から式見と長々と話してしまったので、途中から何の目的で早く来たのか完全に忘れていた。

 散歩コースがあまり人の来ないところで本当に良かったと思う。

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