第14話:月に叢雲、花嵐①



 屋内はしん、と静まり返っていた。

 横幅よりも奥行きの方がある空間には、左右に何本もの石柱が対になって立ち並んでいる。そのどれも枝葉を茂らせ、花を咲かせた木々の姿を模しており、見上げていると森々たる参道に佇む心持ちだ。壁面の繊細なレリーフも、天井に描かれた豪奢なフレスコ画も、全てが同じ意匠だった。

 深く息をついて歩みを進める。木々の形の柱が尽きる先、この空間の最奥には、壁一面を覆うほど壮麗な祭壇が設えてある。草花に彩られたこの場に相応しい祭神――いや、逆か。ここに祀られている女神に相応しくなるように、設計者が心を尽くしてくれたのだ。日々の手入れも欠かされていない、きっと喜んでおられることだろう。

 (……案外、装飾もいいけど実物の草木もよろしくね、とか仰るかも)

 作法に従って祈りを捧げながら、ついそんなことを考える。本来なら雑念が入るなんてもっての外だが、今ばかりは大目に見ていただきたいところだ。

 (出来る限りの準備はしてきたし、絶対望んだ結果に結びつけるって決めている。けれど、不確定要素は完全にゼロにはならない)

 その最たるものが時の運、というやつで、こればかりはやってみるまで分からなかった。自分たちの努力に免じて追い風を吹かせてくれるなら、こんなに有難いことはない。しかし万が一、報いるに値しないと見なされて、向かい風など送られたら……

 ぱん! と乾いた音が鳴った。景気づけにもう一度、両掌を勢いよく打ち合わせる。乾いた白木を叩き割るような、胸のすく爽快な響きだ。邪気を祓う音霊で、己の弱気を打ち払って言い聞かせる。大丈夫、きっと上手くいく。

 (昔と違って一人じゃない、手伝ってくれる人がちゃんといる。――それにさっきも、面白い感じがしたし)

 ここから少しばかり離れていたけれど、ちょっとした騒動の気配はちゃんと伝わってきた。あれだけ元気なら、何があってもきっと平気だ。むしろこちらがフォローに回らないといけなくなるくらいかもしれない。……うん、何だか楽しみになってきた。

 よし、と一つ頷いて立ち上がる。外套と長衣の裾を捌いて歩き出すと、静謐な空間に足音だけが響く。

 迷いを一切感じさせない、凛とした音だった。







 「――まあ、それで自分たちだけで対応したの? 何事もなくてよかったこと」

 「す、すみません、ちょっと連絡するスキがなかったっていうか……」

 「いやだわ、怒っているわけじゃなくってよ。二日目の朝から大変だったわね、ユーフェミアさん」

 「ううう、ありがとうございます~~~」

 しょんぼり肩を落として謝ったところ、叱るどころか優しく労われてしまい。ついでに隣に座っているクライヴがさりげなく背中をさすってくれて、うっかり涙ぐみそうになったユフィである。エヴァンス家、本当に優しい人ばっかりだなぁ。

 ――早朝に降ってわいた事件をどうにか片付けて、邸に戻ってセシリアに報告したのが、今からおよそ二時間ほど前のことだ。今日は特に予定もないので、そのままゆっくり休んで――いられたら良かったのだが、

 「本当は弟だけ引っ張って行くつもりだったんだけど……仮にも植物園の敷地から魔物が出てきた、ってことになると、別途報告が必要になるから」

 「俺は自業自得として、早めに引き上げたいところだな。彼女は昨日の疲れが取れていないだろうし」

 「いえ、その、そこまでヤワじゃないと思いますけども」

 『め~』

 「えっ、うーちゃんもそう思うの!? わたしそんなにか弱そう!?」

 『……や、だって小っちゃいんですもん、お嬢。メンタルはオリハルコン並みに頑丈っスけど』

 「まーくんまで!! ていうかキミにだけは言われたくないんだけどっ」

 『オレは客観的な事実を指摘しただけっス~』

 巾着モドキからひょこん、と顔を出しているお供二匹から口々に言われてしまい、若干ダメージを食らう当人である。マイコニドに至ってはいつの間にかお嬢呼びされているのだが、せっかく仲良くなれそうなので指摘するべきかどうかを悩んでいたら、すでに定着しそうな勢いだ。さすがはキノコ、しれっと自分の陣地を広げるのが上手い。



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