第13話:寄らば怪樹の陰⑦


 根の束は分離せず、そのまま枝葉を吹きながら急成長して、あっという間に堂々たる幹回りの樹木と化した。背丈ならユフィの庭園の世界樹とためを張れそうな大木の、中央辺りの木肌に巨大な顔が浮かび上がっている。忌々し気に歪んだ口元から、地を這う唸りが発せられた。

 《――マイコニド! 貴様、大口を叩いた割にはあっさり捕まった上、案内までするとはどういう了見だ!?》

 『ぬ、主様!? 結界の外には出てこれないんじゃ……!!』

 《手下風情に手の内を明かすと思うたか、たわけ! こうなれば我が直々に葬ってくれるわ――!!》

 「うわっ、い、痛たたたた!!」

 一方的に怒ったあげく、生えたばかりの葉っぱを舞わせて目つぶしをしてくる。葉が厚い上に縁がギザギザになっているので地味に痛い。思わず動きが止まったところで、マイコニドと巾着を抱えたユフィ目掛けて、尖った枝が凄まじい勢いで殺到――


 ばしゅっ!!


 「……えっ? わ、わっ」

 悲鳴を上げかけたところで鋭い音がして、目の前に迫った枝が全部叩き斬られた。いつの間にかこちらを背にかばう体勢になっていたクライヴ、丸腰だったはずなのに長い諸刃の剣を構えている。よくよく見れば柄から切っ先までが全て氷で出来ており、早朝の薄明かりの元で冷ややかな煌めきを放っていた。

 《――な、なにぃ!? 小僧、貴様一体何を……!?》

 「人間の魔法を見るのは初めてか? 王城ではな、帯剣禁止区域ってのがあるんだ。王族の方々の安全を守るため、戴冠宝器や儀仗以外の武器の持ち込みが全て禁止になってる。……でも実は、王族側から許されたごく一部だけ、こういうことが出来るんだよな。まあ屁理屈なんだが」

 うん、確かに持ち込んではいないけど。そしてさらっと言ったけど、ということはあなたもその例外ですね? というか、

 (なんかクライヴ様ちょっと、いや、かなり怒ってらっしゃいませんか……!?)

 表情こそあんまり変わらないものの、若干荒っぽい口調と数段低くなった声で察してしまったユフィである。そりゃあ大事にしている自分ちの庭に、こんなもんが出て来て暴れた日には即刻お引き取り願いたくなるけども!!

 訳もなくおろおろする間にも、謎の人面木対クライヴの攻防は続いている。背後から見たところでは、人面木の攻撃自体はワンパターン。しかし、氷の剣はあまり強度が高くないらしく、斬っては魔法をかけ直してコーティングしているようだ。……うん、これは助太刀せねば!

 「よし、まーくんちょっとどいてて! ――おいで、うーちゃん!!」


 ぼふぁっ!!

 

 『め~~~』

 今回は控えめに振られた巾着モドキから、ひたすらのほほんとした鳴き声と共に出現したのは、もっふもふの仔羊である。人畜無害そのものの様子に、肩に移動していたマイコニドが猛然とツッコミを入れてくる。

 『なんスかこのふわふわもこもこはー!! 助太刀なんじゃないんスか!?』

 「何って、うちのプチ庭園で育ったうーちゃんだけど。バロメッツの」

 『めっ♪』

 『はあああ!?!』

 相変わらずしれっとした返しに、もう叫ぶしか出来ない。バロメッツといえばあれだ、東洋から東欧あたりに分布するとされる、紅くて巨大な実をつける非常に珍しい植物だ。熟れ切った実の中からは可愛い子羊が生まれ、周りの草を食べて成長していく。その体毛を紡いで作った糸を織ると、軽やかで丈夫で、ありとあらゆるものから身を守ってくれる布になるという、生態そのものがインパクトの塊みたいな生きもの。何でそんなもんが個人宅の庭に生える!?

 口をパクパクさせるマイコニドへの説明は後回しにして、ユフィはバロメッツを頭上によいしょ、と掲げた。そこへ、今まさに顔を出した朝日が、木立ちの間からさあっと降り注ぐ。それを浴びた仔羊の身体が、光と同じ淡い金色に輝いた――

 と、思った瞬間、その姿がぐわっと膨れ上がった。あっという間に元のサイズの十倍以上に膨らんだ仔羊が陽光を遮り、その巨大な影が頭上から差して、ようやく事態に気付いた人面木とクライヴが目を丸くする。

 「いけっうーちゃん!! やっておしまい!!」

 『めええええええ!!!』


 ばりむしゃあああああ――!!!


 《ぎゃああああああああ!?!?》

 情け容赦なく号令をかけたユフィに応え、飛びついたうーちゃんが人面木の梢を丸ごと口に含んだ。豪快な咀嚼音のバックで、この世の終わりみたいな悲鳴が聞こえる。口の中で枝をばたばたやってはいるが、その程度で草食動物の食欲をどうにかできるわけもない。

 抵抗虚しく、あっという間に丸坊主にされてしまった相手が、唐突に黒い煙を吐いた。そのままふしゅるるるるる、と縮んでいって、カラカラに干からびた枯れ木と化す。よし、どうにか勝った!

 「うーちゃんお疲れ!! まーくん、クライヴ様、大丈夫ですか!?」

 『め~♪』

 『や、その、なんともないっスけど……うわあ~……』

 「うん、何ともないよ。……また助けられてしまったか」

 ご機嫌で鳴き返すバロメッツも、何故か青ざめて呻いているマイコニドも、至って元気そのものだ。そんな中、こちらもほぼ無傷だったクライヴは、ほっと息をつきつつもどこか残念そうにつぶやいていた。


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